筑摩書房の本

ある若き死刑囚の生涯

ある若き死刑囚の生涯 加賀乙彦

1968年、走行中の横須賀線で手製の時限爆弾が爆発し死者1名重軽傷者29名となった「横須賀線爆破事件」、事件の犯人である当時24歳であった青年死刑囚の刑執行までの内的心情を表した獄中記。彼が本当に事件を悔いているのかと言えばこの記から受け取ることはできなかった。どこか事件は他人事でひたすら短歌制作に励む日々に、昨年公開の「教誨師」で古舘氏演じる死刑囚と同じやるせなさを感じる。 もっとも死刑囚は刑を執行されることで罪を償うことになるのだから そのような心情になるのもやむ得ないのか。死刑制度の抱えるジレンマ。

柴田元幸ベスト・エッセイ

柴田元幸ベスト・エッセイ 柴田元幸

著名な翻訳家さんでmonkyの人?くらいの知識量で読んでみました 勉強不足すみません こんな面白いエッセイを書く人だったとは! ブラックユーモアってこういう事 結構好きなタイプ

冒険登山のすすめ: 最低限の装備で自然を楽しむ

冒険登山のすすめ: 最低限の装備で自然を楽しむ 米山悟

山登りについて、とてもわかりやすく丁寧に描かれています。 もちろん初心者の方にもおススメですが、経験者の方にも是非読んでほしい一冊。「魅力的な山登りとはなんだろう」と改めて考えさせられます。

つくられた卑弥呼―“女”の創出と国家

つくられた卑弥呼―“女”の創出と国家 義江明子

卑弥呼×ジェンダーということで、発想は素晴らしい。よく知られているが漠然としか知られていないものを、これまでと異なる切り口で構成し直すのは、よい考察の一つの類型である。 そして、最終章は悪くない。「神秘の巫女、卑弥呼」像がたかだか明治に新しく作られたものであることを示そうとした狙いは良い。けど、明治以前は本当にそう描かれていなかったのか、いまいち説得的でない。また、明治40年に出された論文(本書の中では神秘の巫女像を普及させたという位置付け)はどういう背景で出されたのか、この2人の研究者はどういう人で何を考えていたのか、よく分からない。それが分からなければ、「神秘の巫女」像の虚構性も分からない。 また、次の3つの理由で、全体が説得的でない。 1.全体の大きな結論として何が言いたいのか分からない。 (タイトルを見ると、卑弥呼が実務を行っていたことを示す、という明確なテーマがあるように思うけど、実際には卑弥呼以外に関する記述の方が多い) 2.仮に大きな結論があるとして、そこに向かって個々の部分が有機的に構成されていない。 3.個々の議論の証拠が不十分。 特に3について、 ・記紀の記述を鵜呑みにしすぎ。記紀の作られた意図を少しは考慮して割り引くべきところは割り引いて読むべき。 ・とは言っても記紀はよく分かっていない以上、もっと物的証拠も考慮すべき。記述だけに頼りすぎ。 最終章を一番はじめに持ってきて、もっとまじめに既存の卑弥呼像の虚構性を証明して、それから本論に入るべきだったと思う。構成の仕方次第では良い本だったと思うのに、残念でならない。考えてみれば、「男王を立てたが国が治まらなかったので女王を立てた」という魏志倭人伝の説明は簡単すぎて納得できない。もし本当に女性に政治的実権がないのであれば、男王→女王の転換はそう簡単には起こらないはずだ。だとすれば、それはいかにして起こったのだろうか?

ハモニカ文庫と詩の漫画

ハモニカ文庫と詩の漫画 山川直人

四畳半一間、古本、静かな夜、レコード、ボブディラン、純喫茶、コーヒー、フィルムカメラ、慎ましい恋… 小さな町、名もない人々のささやかな物語をえがいた漫画短編集。

漫画みたいな恋ください

漫画みたいな恋ください 鳥飼茜

個人的に、常々感じていたことを改めて思い出した。 重い女になりたくないと思っての、その結果の振る舞い(言う言わない、するしないの言動すべて)が重い、というか、そもそも重い女になりたくない、という考えがそもそも重いんだよな、などと。 人ときちんと向き合って、誠実な人間関係を築くことが苦手で、うまくさらっと逃げてきた(つもり)。 嫌なこと、考えなきゃいけないことがあると、途端に眠たくて眠たくて仕方なくなってしまう逃避癖。 言いたいこと伝えたいことがあるはずだけど、こらえた方が楽、うまくいくいい方法、と問題を直視しない。 その悪い部分を指摘されて、きちんと言葉にして伝えようとすると、何故だか声の代わりに涙しか出てこないこと。 鳥飼さんと私とは、きっと違う部分だらけだろうけど、彼女の綴る日常、行動、思考、感情に自分自身を重ねて苦い辛い気持ちになる部分がたくさんあった。その分、これからはこうしなくては、と建設的な気持ちになる部分もあった。過去、こうしたら良かったんだろうなぁ、という正解かどうか定かではない気づきもあった。 歳を重ねれば、経験が増えれば、大人になる、成長できる、と思っていたけど、そうではないことにもやっとここ数年で気づき始めている。 人はそんな簡単に変われない、それでも少しずつは変わることができる。なんなら変わる必要はなくて、手放すべきものがあるだけ、に気づけるようになるんだなぁ。 と、読みながら色々考えて気づくことになった一冊。鳥飼さん、ご結婚おめでとうございます。 気持ちが挫けそうなとき、その先何度もこの本に支えられるだろうなぁ。

ベルリンは晴れているか

ベルリンは晴れているか 深緑野分

戦争が終わっても、ドイツ国民同士が憎しみ合う。戦勝国は、土地の奪い合いをする。少女アウグステはこの混乱の中、心の悪と向き合い善意を無くすことなく生きていこうと悩む姿に心を打たれる。 不幸の中にいると何が不幸なのかわからなくなる、そんな状況が克明に伝わってきました。

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白い孤影 ヨコハマメリー

白い孤影 ヨコハマメリー 檀原照和

著者は直接メリーさんには会ったことがないからこその視点で、かつてあった港町ヨコハマのアイコンとしてメリーさんの物語が上書きされていると感じる。 「横浜の人びとにとってメリーさんを語ることは人生を振り返ることでもあった。横浜でメリーさんと無関係な取材をしているときに、なにかの拍子でメリーさん話になったことが何度かある。そんな時語り手はメリーさんのことに留まらず、横浜という都市の記憶や自分のこれまでの来し方をも芋づる式に思い出すのが常だ」P.10 これはまさにその通りで町でばったり遭遇した時の記憶とか風景が焼き付いてそこに自分の過去までいっしょに持ってくるからバイアスがかかるのも仕方ない。 近過ぎると見えないこともあるということを気づかせてくれる。文庫書下ろし

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仏との出会い―現代に生きる仏教

仏との出会い―現代に生きる仏教 紀野一義

読書家のなかには、或る時期に本の断捨離をしてしまう方も少なくない。 ただし数千冊を棄て果てたあとでも、紀野氏の著書だけは断捨離できなかったという人がおいでたほど、氏の著書にでてくる人物には魅力がある。 たしかな人を育てるにはどうしたらよいか。 それには絶望を友とさせることが最もよろしい。 中途半端な生き方をしている輩に、絶望なんてやってくるわけがない。 人は絶望のなかでのみ、龍が珠を吐くがごとく、まともな仕事をするのである。 人に裏切られても、己は裏切にことだ。 #リジチョー。