Icon stand

ストアでダウンロード

Btn appstore Btn googleplay
41wzevkthgl

コメント

学習・労働から逃避する人々とその原因に対する考察。
そうした人々は、いずれも等価交換という市場原理に基づくという点(本来学習や労働は等価交換が成立しないのに)、また労働や学習の意味が見出せないために、学ばない、働かない道を選んでいる点で共通している・・・というような内容だったか。
自ら下流に身を投じていく子供達、若者達を社会と結びつけて捉えていく論理には非常に納得。読んでいて、本当に参考になった。
以下、自分が読んでいて特になるほどなと思った内容。

「学びとは、学ぶ前には知られていなかった度量衡によって、学びの意味や意義が事後的に考量される」(子供達が学習の価値を見出せないのは当然で、学習の価値は多くは学んだ後に分かるものだということ)

努力が身を結ぶか分からないリスク社会において、最もリスクを被るのは、学習による努力を否定する人々である、という逆説。

その他のコメント

教育関係の業界にいるものとして、この本を読んだ時のインパクトはとんでもないものでした。
世の中の常識が裏返ったといえば言い過ぎかな。
でも、目からウロコだし、今の世の中の危うさを激しく切実に感じさせる一冊でした。
毀誉褒貶の激しい内田さんの本ですが、この本に関してはぼくは強くオススメいたします。

やっと読んだ。
地元の田舎の中学では、成績が優秀であることが、バカにされたり、けなされたりするところがあって、そんな環境に居心地の悪さを感じて逃げたのです。
今では、30代、40代でもそういう志向の大人がいて残念に思うことがある。仕事してても、目の前のお金のことしか考えないなという人を見ると、「この勉強は何の役に立つんですか?」っていう子供と一緒にみえる。
経済合理性思考からくる即時的な結果の要求だけで、世の中を回そうとすることの恐ろしさよ。私たちはどこに向かって生きていくのか、根本から考えることを怠ってはいけない。

読者

Bfcb99d5 66fe 4d35 880e d59a2cb350c15cd558ef 0244 4de3 a51a 6bca5de4fd161683d5b1 7d4d 4689 a7cc c83ec99cde4978682c2f 9ffb 465b 9f8b f571de1da41c05835935 28ca 410c b948 7e20fc1a1077883f2a9c f4ba 4fdd b1d7 26bc64e04093F62a482c 28ff 49eb 8937 36fd60cec397Df294017 d183 436e 8e14 12aa00edcccb 12人

内田樹の本

日本の覚醒のために──内田樹講演集

日本の覚醒のために──内田樹講演集

B46867b6 d26f 44c3 9ff4 ea2fe9ea6135

reif

Kindle 読み

対米従属、宗教、伊丹十三、国語教育、白川静先生、憲法、と「これは俺のための本」と関係妄想が爆発する主題。だけ。単純に内田先生の強い影響下にある、なら話はわからなくもない、が。少し前、Twitter の映画クラスタを覗いていた時、「タツラーは 100% 駄目な人間」という dis を目にした。読んで言ってるのかな? こんな理路立てた祝福の言葉を受けられないって不幸だよ。祝福の言葉を受けると泣ける。時々泣けた

4か月前

564ed7ed 4ffc 4ac7 a30c 28152d1ff5570d97532a feac 477d b6d8 a0f9b0096352721ff227 6404 486e a136 194741a375b4
健全な肉体に狂気は宿る―生きづらさの正体

健全な肉体に狂気は宿る―生きづらさの正体

5dbe0e4b bc3f 440a b73e c5fedd4f340f

cobo

昔の記録に

聡明で多弁な内田先生とポイントを突く疑問を投げかける春日先生の対談形式の本です。論点は世代論からはじまって、お2人の得意な切り口から、負け犬論争、フェミニズムの問題、自己決定、「自分探し」の問題や、果ては家族のコミニュケーション、ガン告知まで、話題が広がります。 どの話題にも大きく頷ける話しが多く、目からウロコや、膝を打ちたくなる話しが多く、特に内田先生のファンの方にはオススメの本です。何故なら7割方を内田先生が話しているからです。もちろん春日先生も会話されていますが、春日先生が問題提議した後に内田先生が細かく説明してくれる感じですので、どうしても内田先生の方が長くなります。ある意味放談に近い形を取っているかもしれません、もちろんいつもの内田、春日両先生の得意分野を、ですけれど。 私はごく最近に内田先生の本を読み始めたのでまだ理解が浅いのかも知れませんが、深く納得できる話しが多かったです。とくに中腰力にまつわる話し、「両論併記」と「継続審議」は深く同意致しますし、それに例え方に、相手に伝わらなければいけないという感覚を私は感じ取れたので、そこがまた良かったです。また、「常識」の持つ『そこそこの強制力はあるけれど根拠はない』という強みを、常識は変化するからこそ、限定された地域と時間の中でだけ通用する強みを、原理主義にならない強みを、もっと使えないか?という部分も膝を打つ話しでした。 ただ、気になる部分もありまして、それは「自己決定」を放棄したがるフェミニズムの方の話し(離婚して一人で好きなように決定して生きている方が、もう一人で好きに自己決定する事に飽き飽きした、という発言)を聞いて(ここに至るまでも様々な経過があるのです、「リスクヘッジ」の話しとか)、びっくりするのですが、自己決定できる贅沢に慣れただけの話しで、私にはただの「さびしんぼう」のないものねだり」なだけなのではないか?と感じました。自分の責任で好きにする自由はなかなか得がたいものであるし、そんなに簡単に手放せないと私は思うのですが。 「さびしんぼう」と「ないものねだり」の両方を持つ方々のなんと自分勝手な、自分丸投げ状態か、と思うと悲しくなりますが、結構たくさんいますしね。普通恥ずかしくなると思うのですが、恥ずかしいと感じる客観性もない状態なのだと思うので、余計に悲しい。 もちろん自分探しの話しも両先生の得意の話しですし、そこはとても面白いです。私も 『「自分探し」は広義に解釈すれば、していない人はいない。それそのものがいわゆる人生といっても良いと思う。しかし、狭義の意味において、「本当の」が付く「自分探し」は逃避や幻想や妄想である。謙虚さの、客観性の無い所に正当な評価は現れない。』と考えますから。ただ、自分探しをしたがる人々には、なかなか届かないですし、そんな人がこれだけ増えてしまった為の常識がチカラを得るのかと思うとちょっと恐いです。 また、対談形式な為に、本当は少し考える間があって話しているのでしょうけれど、その間が本では表現されていない上に、内田先生が分量多く話されているために、ちょっと軽く感じられる所が気になりましたが、ま、それも内田先生の内田先生っぽさと言えなくも無いかも知れません。 「健全なる肉体に狂気じゃ宿る」、名言です。狂気の種類に興味のある方、内田先生や春日先生がお好きな方、自分の死角に光を当てたい方に、オススメ致します。 2008年 9月

6か月前

6502914a 62b7 4fcf b2d0 51bd350ec75689e302dc 61e2 4acf b97e bf2a8c22fa0e
子どもは判ってくれない

子どもは判ってくれない

5dbe0e4b bc3f 440a b73e c5fedd4f340f

cobo

昔の記録に

最近読んだ春日 武彦先生の本の中に対談相手として出てきた方、内田 樹さんの本です。初めて読む方です、が、とても楽しく読めました。 どうも内田さんがブログに綴ったものを書籍化したものの中の1冊であるようです。そして大変面白く共感できる考え方でした。内田さんの物の考え方は非常にクールで筋道がはっきりしていて、それでいて分からない事を無理に断定しない(春日先生との対談でも出てきた中途半端な状態に耐えるチカラ)事の考え方に共感いたします。歯切れの良くない考えなり、状態をいかに耐えるか?そのために必要なことは私は「認める」チカラだと考えます。または「引き受ける」覚悟だと。本書の中のまえがきにあたる「たいへん長いまえがき」を一読して頂く事をオススメするのですが、思い切って結論を出すと(本当はこの行為がもっとも良くないのですが、基本的にはこの本を紹介したい気持ちの上でやっています、読んでいただけたら、もっと話しが「早い」のですが)気持ちのよい「正論」にはあまり意味が無い事が多い、気持ち良いスッキリする事ですけれど、あまり意味がなく現実性は薄い事が多い、それは相手に伝えようとしていないからではないか?、相手に伝わらないコミニケーションほど不毛な事はない、またそのコミニケーションそのものが不毛なものとして定着しつつある事は非常に危惧すべきことである、という事だと私は捉えました。 中でも「弱い敵と共存する事を市民の責務」と考える事は衝撃的でした。でもそこにこそ、オトナとは何か?があるのではないかと。対立するものを含んでんの集団を代表する面倒を抱えることが、望ましいオトナや公人なのではないかと。相反する意見の持ち主を切って捨て同胞にカウントしない事のスッキリした気持ちよさに抗うことの重要性と、複雑になってしまうコミニュケーションが結局スキルを挙げることになるのではないかと気付かせてくれたことが良かったです。 また、「呪いのコミニュケーション」は鋭い考察です。沈黙を強いる呪いの言葉を発する者の欲望は、善意や愛情の発露と信じている恐ろしさ。これだけでは判ってもらえないかも知れませんが、興味を持たれた方には是非この章だけでもオススメ致します。最近読んだ春日先生の「『治らない』時代の医療者心得手帳」にも出てくる「コントロール願望」です、こちらもホントにオススメです。でもこの呪いの言葉を吐きやすい方々は想像力がなく、善意であればだいたい許されるという思考回路を持った客観性の無い人である可能性が(私個人の経験からは)高いと思います。だからそんな人々はこの手の本を手に取ったりする確率は、、、低いのでしょうね。 このオジサン的文体というか語り口が、妙に心地よい読みやすさを与えていて私は良いと思いました。もう少しみんなで賢くなろうと努力できれば、住みやすくなると思うのですが。 難しいところは内田さんの意見が届いて欲しい人たちにこの本を読んでもらえるか?というところだと思います。そこが1番難しい、内田さんは上手い方だと思いますが、もっと効率よくならないものか?とも思ってしまいます。 少しでもこの感想(非常に浅い、個人的な感想ですが)に興味を持たれた方なら、オススメです、考える事の楽しさに興味がある方にオススメ致します。 2008年 8月

6か月前