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舞台は、伝統ある男子校の寮「松籟館」。冬休みを迎え多くが帰省していく中、事情を抱えた4人の少年が居残りを決めた。ひとけのない古い寮で、4人だけの自由で孤独... 続き

コメント

中学生以来の再読。
大人になって読むと、子どもの頃思っていたより子どもな大人はごろごろいることを経験上知るようになるからか、以前読んだ時とはまた違った視点でも読むことができた。

また私が中高大寮生活をしていた経験もあり、物語の節々で当時の映像を思い起こさせられ、読んでいて心地よかった。
そうでなくても恩田陸先生の作品は郷愁を感じさせてくれる作品が多い。
この本がお好きな方は「夜のピクニック」もおすすめです。ノスタルジック。

その他のコメント

おもしろかったです。
冬休みに帰省せず、寮に残る3人(美国・寛司・光浩)と寮に遊びにくる統この4人の少年達がこの本の主人公達です。2週間の生活を共に過ごす中で自分達の秘密や秘めた想いを打ち明けていきます。それぞれの話に驚き、時に共感し様々な感情が交錯しました。その中でも、特に光浩の話は衝撃的で心が痛く、とても考えさせられました。
そして、終わり方はなんだかこの子達の未来を彷彿させるような明るい感じで終ったのですごくよかったです。年賀状のくだりも素敵です。
恩田陸さんこんな作品も作れるんだ、と改めて感心した魅力的1冊です。

自由だけど無限じゃない感覚が懐かしい。

読者

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恩田陸の本

チョコレートコスモス

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hito.N

演劇の話、舞台の話に詳しくなくても細かい描写で緊張感が感じられる本。一気読みしました。 でも、私はあと一歩距離があったのはなんでだろう。

約1か月前

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スキマワラシ

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最後にあふれる想いのカタチは、モノに宿るstoryと共に穏やかに心を温かくする話です。

3か月前

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文庫 錆びた太陽

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人生で何度目かの読書熱

恩田陸製『GenerationZ』或いは『Walking dead』と言うと怒られるだろうか。 SF、ゾンビもの、アイザックアシモフ的ロボットもの、ゆるやかディストピア。 国土の3割が汚染され住めなくなった日本において、除染作業に携わるアンドロイド、そして立ち入り制限区域にはゾンビやらクリーチャーがごそごそしている世界だ。 物語の前提として、文明世界は健在であり、日本国とか政府・行政府も通常通り仕事をしている。 ユーモアと皮肉に溢れているのは、忘年会や省庁間のいざこざ、利権団体誘導的政治(家)といった「日本文化」までご丁寧に健在なところがゆるやかディストピアたらしめている。 登場主体は人間の女性、ロボットたち7体(ウルトラセブンと言うと商標登録に引っかかるのでウルトラエイトらしい)、そしてゾンビだ。 ところが不思議なことに、感情移入してしまう対象はロボットたちである。 このロボットたちは上司の指示と職務規定に従って毎日労働に勤しむ。 決まった時間に起床し、神棚に手を合わせ、p.14『「安全第一!」』とスローガンを唱え、指差し確認もする。 これらは現在の人間が行なっている仕事、営みそのものであり、「日常」である。 そこへ突然、国税庁から来たという女性、即ち「非日常」が入り込んでくる。 非日常を体験するうちに彼らはこう思う。P.162『もはや、ニッポンはダメかもしれない。そんなことを考えたのは初めてのことだった。』 つまり、非日常が人間(ボケ)で日常がロボットたち(ツッコミ)というこれまた日本的な構図が皮肉を帯びて見出される。 ポスト3.11に生きていて、そして(生き残る事ができれば)アフターコロナの世界でいかにより善く過ごせるだろうか。 p.493『その時その時で生きていかなければならないのも分かる。家族を養い、従業員を養い、食べていかなければならないという事情もわかる。自分がその立場に立った時、止むを得ない選択だというのも理解できる。だが、それでもなお、問わずにはいられない。ご先祖の皆様方。どうしてあなた方は「やめる」という選択肢を選ばなかったのか』 この台詞が突き刺さる。 その場その場を凌ぐため、その時その時の場当たり的な、内省・洞察なき即物的・即効的対応は最善と言えるだろうか。 そうではなく、在り方についての理想があり、そのために具体的方策を見出すべきではないか。 従って、具体的よりもまず抽象的から。木を見て森を見ず、上部概念から下位構造へ、戦略を策定して戦術を繰り出す云々。 この物語のロボットたちにはあるべき理想が策定されている。 それはロボット三原則、本作ではモラル三原則だ。 どうすればこれに抵触せず、最善を尽くせるかを彼らは考えられる。 まず理想とする姿があって、個別具体的行動をとる。 これこそ、人類が発展させてきた文明の善なる部分の姿であって、目先の欲求を留め、より大きな最大化された幸福、大義を獲得することが社会の正義、公共性ではなかったか。 この緩いディストピアの時代、緩やかに地獄へ落ちてゆく世界においてもう一度原理原則に立ち戻って理想の社会、世界について思わずにいられない。 それはそうと、物語として非常に面白く、あっという間の一気読みをしてしまった。

10か月前

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