早川書房の本

人之彼岸

人之彼岸 郝景芳

人工知能を知るには人間の脳を知らなければならない。読んでいる時、ピクサーのインサイド・ヘッドは本当によく出来た映画だと感心しました。 体の全てのパーツが取り替えられても、同一人物と呼べるか? 『不死病院』は読んで欲しい。何も言えないが読んで欲しい。 『チェンクンとヤーリー』はほっこりして人工知能について柔らかく知ることが出来て好き。

最後の決闘裁判

最後の決闘裁判 エリック・ジェイガー/栗木 さつき

上司である伯爵の寵愛を巡り激しく火花を散らす騎士と従騎士、そして裏切り者の一族という烙印を背負う若く美しい妻、そんな彼らに起こった強姦事件。 騎士夫妻は従騎士が犯人だと主張し、従騎士は無罪を主張する。 結局どちらが正しいかは、衆人環視のもと、命を賭けた決闘裁判によって決着がつけられた。 ところがこの事件、裁判を経た今も、真犯人は誰か、そしてその意図はなんだったのかというミステリーに議論が百出しているのである。 リドリー・スコット監督による映画も公開されているが、まずは本書で予習することにした。 研究者である著者は当時の資料を駆使し、騎士たちの日々の暮らしやその政治的な背景、土地と金を巡る人間関係のもつれを丁寧に解説、最終的にこの事件の真相にも結論を導き出す。 英国推理作家協会のノンフィクション・ゴールドダガー賞にノミネートされただけあって、その推論の過程は小説にも負けないほどドラマチックで、かつ一般人である読者にも分かりやすい。 本書を貫く緊張感は、度重なる戦さや怪我、病で、生命というものが現代よりもはるかに軽く失われる時代であることと無関係ではないだろう。 男たちは家門や自身の面子にがんじからめになっており、気まぐれな上司の言動や、その地位の不確かさに右往左往させられている。 その中で、被害者となった若き妻はどのような思いを胸に秘めていたのだろうか。 記録に残る男たちの言動と裏腹に、彼女に関する資料は非常に少なく、自身の命を賭けた訴えが人々の命運を一変させたことに、彼女はどのような思いを抱いていたのだろうと読後に考えさせられた。

暗殺者の献身 上

暗殺者の献身 上 マーク・グリーニー/伏見 威蕃

出るたびに必ず読んでいる当代最高峰とも呼ばれるアクションシリーズの邦訳最新。主人公はCIAの特殊部隊にもいた凄腕の暗殺者で一時は所属していた組織から命を狙われていたが今は和解して独立したエージェントとしてCIAから仕事を請け負っている。前作で負傷し本作では重い感染症に倒れている。そのため本来は彼が請け負うような仕事を同じ立場のエージェント達が対応し一人はベネズエラで拘束されもう一人はベルリンで窮地に陥ってしまう。愛する女性の危機を救うべく感染症が完治してないにも関わらずベルリンに飛ぶ主人公。ベネズエラでは死んだと思われていたNSAのソフトウェア技術者が生きているらしいといいうことでその真偽を確かめる、という任務、ベルリンでは怪しげな民間軍事情報会社を探る、という任務でそれぞれ異なる話のはずが…という展開。単純な米国対どこかのならずもの国家、という図式ではなく様々な思惑の国家や機関が登場しかなり複雑な設定になっているのだがさすがの手さばきで全く混乱することなく一気に読ませる力量がやはりものすごい。最終的にまた立場が変わってしまった主人公、既に次作が待ち遠しく作者の術中に完全にはまってしまっている…アクションやミステリ好きにはたまらない作品。非常に面白かった。おすすめです。

続・用心棒

続・用心棒 デイヴィッド・ゴードン/青木 千鶴

一作目が面白かったので二作目も読んでみた。前作で結果的にテロリストの野望を打ち砕いたため闇の世界の保安官に任命された主人公…というところで既に本作もかなり荒唐無稽な設定な訳だが本作では中東のテロリストが合衆国にヘロインを持ち込もうとしておりニューヨークの主だった犯罪組織が主人公にその対応を一任する、という話。そのために主人公は 1) 取引に必要となったダイヤモンドを調達する 2) 取引を行いヘロインを入手する 3) その上でテロリスト組織からダイヤを奪回しテロリストに打撃を与える という一連の難題に挑まざるを得なくなる…という前作にも増しての荒唐無稽さというかほぼコミックの世界。あとがきで指摘があったけど確かにルパン三世というよりウェストレイクのドートマンダーシリーズに少し似ていてとても無理と思われる犯罪計画にいろんな才能を持ったメンバー達が取り組んでなんとか成功させるのだけど…みたいな展開だがこちらの方が少し真面目な感じではあるかな。主人公もそうだけどそのまんま漫画にできそうな登場人物達の造形も相変わらず上手い。荒唐無稽なのもここまで振り切っていると面白くて次作も楽しみ。

火星へ 下

火星へ 下 メアリ・ロビネット・コワル/酒井 昭伸

歴史改変系宇宙開発SF。 未だ人類が未だ成し遂げていない、火星への有人飛行を1960年台に成功させようという意欲的な作品。 火星往復にかかる期間は往復で三年。 この時代のコンピュータは真空管とパンチカード。あとは、人間による手計算!数字の天才で、軌道計算すらも暗算で解けちゃうヒロインの異能が際立つ。 女性だから、宇宙船の中でも「女らしい」業務ばかりが割り当てられる。黒人だから重要な作業に選ばれない。1960年台のならではの、ジェンダー観。差別意識が随所に顔を覗かせ、社会派SFとしての側面も持つ。

カラハリが呼んでいる

カラハリが呼んでいる ディーリア・オーエンズ/マーク・オーエンズ

「ザリガニの鳴くところ」の著者が、若き頃砂漠のど真ん中で書き綴ったフィールドノート およそ700ページ! オーエンズ夫婦の忍耐がすごすぎる 最初はスポンサーもなく人脈も手探り状態、砂漠の暑さや水の貴重さ、車のトラブル、テロリスト、、 おもにハイエナ、ライオンの観察記録 ‥自然界に生きる動物に対する人間の力が途方もない

用心棒

用心棒 デイヴィッド・ゴードン/青木 千鶴

ハーバードを中退し特殊部隊で活躍した後、ストリップクラブの用心棒をしているドストエフスキーを愛読する男が主人公、というおよそ現実味のない設定の作品。昔この作者の別の作品が面白かったこともあり大丈夫かと思いつつ手に取ってみた作品。結果的に非常に面白かった。ある晩、彼が勤めるクラブをFBIが急襲し豚箱に放り込まれた主人公。そこで旧知のチャイニーズ・マフィアの若者からある犯罪計画に誘われるのだがそこで予想外の事態となり…という話。FBIの捜査官が魅力的な女性で主人公とは敵対関係にある一方で互いに惹かれ合う、とか犯罪者仲間にはコンピュータやメカに強い黒人の青年とか、かなり魅力的なロシア女性がいたりとか、そもそも主人公が薬物で早く命を落とした両親に代わってペテンで世の中を渡ってきた祖母に育てられて今も同居しているとかとか…魅力的な登場人物と荒唐無稽な設定にルパン三世を彷彿させられた。かなりの強敵が最後はあっけなかったりとちょっと気になるところはあるけれどエンターテイメントとしてはかなり上出来の作品と思います。面白かった。

最悪の予感

最悪の予感 マイケル・ルイス/中山 宥

奇跡を起こしたいなら準備をすること、奇跡とは然るべき準備の結果なのだから。 以前目にしたこんな言葉を、本書を読みながら何度も思い出した。 本書には、2つに大事な指摘がある。 今回の各国のコロナ対策の失敗は、たまたまタイミングが悪かったというだけでなく、何年も前から平穏な日々に倦み危険な兆候を見逃し、愚かにも準備を怠っていた当然の結果であるということ。 もう一つは、平穏な時にはただの変わり者、或いは愚か者にしか見えない非才の人が、非常事態において常人には見えないものを見つけ出し思いがけない解を発見するという可能性。 このような非才の人は多様性を尊重する社会でしか生き残れないし、そんな非才を育てることが集団が生き残るための「準備」なのである。 短慮で、目先の利益に飛びつき、何もかもを金銭的な物差しでしか測ろうとせず、時間をかけて人を育てる余裕のない現代社会。 果たしてこれからも続くコロナ禍に、奇跡は起こり得るのだろうか?

隷王戦記 1

隷王戦記 1 森山光太郎

強大な力に蹂躙され、愛する女、親友、国、大切なもの全てを無くした男の物語。 戦記モノ系のファンタジー。 懐かしの田中芳樹『アルスラーン戦記』や『マヴァール年代記』を彷彿とさせられる内容で、オッさん的には嬉しい。 この話、何が良いって、全三巻と既に明言されてる点。 いつまで経っても終わらない話は読んでて辛いし、完結前に打ち切られてしまう作品も辛い。 綺麗に3巻で終われるか、気になるけど、1巻のつかみは完璧だったので期待したい。

ブラックサマーの殺人

ブラックサマーの殺人 M・W・クレイヴン/東野 さやか

シリーズ第2作。 前作からほどなく、再びワシントン・ポーは凄惨な殺人事件に巻き込まれる。 天邪鬼な性格と口の悪さが原因か、それとも「そういう種類の人間」を惹きつけてやまない何かを彼が持っているのか。 今回はかつて娘を殺害したとしてポーに逮捕された人物が思いがけず釈放され、ポーの立場は苦しいものに。 その人物は刑務所の中から様々な手を使ってポーに復讐をしようと企んでいたらしく、その企みを解明しポーの濡れ衣を晴らすため、またもや命懸けの捜査に駆り出される上司や同僚たち。 ポーの不運は自ら招いているところが大きいので同情の余地は少ないが、おそらく上司のフリンが一番理不尽な思いをしているようで、読んでいて一番共感できた。 一方、ポーを子どものように慕う相棒ティリーは相変わらずの天然少女だが、ポーの手助けをすることで他者の心について学び、常識を身につけつつある様子が微笑ましい。 クリフハンガーなラストで次回はポーの両親にまつわる謎ときがテーマになりそうで、またまた読んでしまうんだろうなあ。

同志少女よ、敵を撃て

同志少女よ、敵を撃て 逢坂冬馬

旧ソヴィエト連邦は、女性を戦地の最前線に送った国として知られてます。 第二次大戦中のソヴィエト連邦。ドイツ軍に家族を殺された少女が、志願して狙撃兵となる。 敵味方合わせて200万人が亡くなった、第二次大戦最大の激戦地スターリグラードでの攻防戦。 母の仇を追い求めるヒロインと、仲間たちとの絆。正義も善悪も曖昧に溶けていく戦場のカオス。最終章の怒涛の展開。最後にヒロインが撃った「敵」とは何だったのか。 年間ベスト級の一冊。デビュー作でこれは凄いな。 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチの『戦争は女の顔をしていない』を読んでいたので、より深くこの物語を堪能することが出来た。

火星へ 上

火星へ 上 メアリ・ロビネット・コワル/酒井 昭伸

歴史改変系の宇宙開発SF。 巨大隕石がアメリカ本土に落下。甚大な被害と共に、地球の急速な温暖化が確定する。 地球脱出のために、宇宙開発をせざるを得なくなった人類は、本来の歴史を大幅に更新。なんと1950年台に月への到達を可能としてしまう(実際は1969年)。 というのが前巻『宇宙へ』のあらすじ。 今回の『火星へ』はその続編。人種差別や、男女差別。1960年台の世界観ならではの問題が、宇宙開発を阻む。 リーダビリティが物凄く良くて、翻訳物とは思えないくらいサクサク読めるのが本作の良いところ。続けて下巻を読みます。

刑事失格

刑事失格 ジョン・マクマホン/恒川 正志

もともとは洋物ミステリ好きでそういうのばかり読んでいたのに最近ご無沙汰してるなということでちょっと手に取ってみた作品。かって「何も見逃さない男」とマスコミに讃えられたこともある刑事が主人公。不幸な事故で妻子を失ったことから酒浸りの日々を送っている時にたまたま知り合ったストリッパーから暴力を振るうボーイフレンドを懲らしめてほしいと頼まれ一発かますのだが翌日呼び出された殺人事件の被害者がその男。自分が殺したのかはたまた…と悩む主人公。同時に明らかにリンチ殺人と見られる事件が発生し、一方で自分が殺人に関与したのではと悩みつつもう一方で凄惨なリンチ殺人にも挑む羽目になる、という物語。殺されていた男がネオナチ、ランチ殺人の犠牲者が黒人、という設定で舞台が南部ということでいまどき感もあるのだけど…なんというか諸々残念なところが散見されて。まず酒びたりの設定が甘い。殺人現場にきちんと出動してちゃんと前夜に自分が殴った男と認識するとこからして不自然なのだけど二つ目の事件捜査の途中で家中の酒を唐突に捨てたり。そんな簡単なもんじゃないと思うしそんなに簡単にやめられるのなら単に自己憐憫に浸ってただけのようにも見える。ランチ殺人の方もカルト感が中途半端というか…ということで悪いところばっかり書いたけどこれがデビュー作ということで設定は悪くないし魅力的な登場人物も書けているので次に期待、という感じがしています。

三体3 死神永生 下

三体3 死神永生 下 劉 慈欣/大森 望

『三体2』が物語としてのカタルシスを全力でコミットした作品であったのに対して、『三体3』はSF作品としてのダイナミズムをひたすらに追い求めた作品であるように思えた。 宇宙は、そして人類はどうなるのか。ありとあらゆる可能性と、溢れんばかりのアイデアを駆使して描かれた壮大な宇宙史がとにかく圧巻。 程心のような博愛主義者を人類の代表としたことは、作者の良心でもあり、希望でもあったのかな。