早川書房の本

闇中の星

闇中の星 五代 ゆう/天狼プロダクション

これまでは年に二回は出ていたけど、今年一冊目がこのタイミングでは、年内はこれが最後かも。 「あのお方」が表紙を飾るのは何巻ぶりだろうか?少し人相悪くなってるような。さて、どんな謎が隠されているのやら。

100文字SF

100文字SF 北野勇作

2020年95冊目。流行ってるなあこういうの、くらいに何気なく手にとってみたらすごかった。p59がよかった〜と思ったけど、100文字しかないから記録しとこ。「自分よりも自分が書いた小説のほうが賢いらしい、ということに気がついて、わからないことや困ったことをすべて小説にすれば、自分で考えるより賢い答えが得られるのでは、と思いついたのは、自分なのか小説なのか。」20200615

ホット・ゾーン

ホット・ゾーン リチャード・プレストン/高見 浩

捕食者だ。 生き物が病気になり、それを治癒させるのは薬や外科的手術ではない。 病気を治すのは元々ヒトに備わっている様々な免疫系ないしは生の本能、すなわち自己治癒力であって、医療者はそれを促進させる存在に過ぎない。 医療者が自己の万能感や無力感に飲み込まれないために、そして実際、疾病の治療機序はこの自己治癒力に拠るところが大きい。 しかし、このエボラウィルス(フィロウィルスというべきだろうか)はヒトの免疫系を瞬く間に喰い尽くし、「崩壊」させ、さらに感染を拡げるために大量出血という手段で「爆発」させる。 気付かないうちに、或いはほんの少しの油断という間隙を突いて、襲いかかってくる。 そのありようは効率的に、より多く少ない手間で喰いつくしてやろうという意志をもった捕食者のようだ。 この恐るべき捕食者を電子顕微鏡で捉えた写真が挿入されている。p.139/424-425 これらは印刷されたただの写真に過ぎない。 それでも触れたくない。 これに触れれば、爪の間から、目から入り込み、身体の内側からじっくりと、しかしあっという間に喰い尽くされてしまうのではないかと心気的不安に襲われてしまう。 そして、感染症の恐ろしさは気付かぬうちに、市中の汚染は爆発的に拡大し、知人・友人も感染しているのではないか、という心気的な、或いはパラノイアを助長する。 『その顔は能面のように硬直し、体中の孔から血が流れていた。血は檻の下の金属の受け皿にも落下していた・・・・・・ポタッ、ポタッ、ポタッ。』P.359 恐るべきことにこのエボラウィルスとCovid-19には類似点もあるようだ。 もちろん、エボラとコロナでは系統が異なるだろうがしかし、免疫系を深く傷付けるという点では似ているだろう。 だからこそ、HIVやエボラに用いられた薬をCovid-19にも治療薬として類推適用しているのかもしれない。 Covid-19がどこまで予見可能だったのかはわからない。しかし、既にエボラ出血熱の危機に見舞われた際、備えを万全にしておくという知見は得られていたはずだ。 これは欧州のみならず、毎年新しい感染症の流行に見舞われるアジアでは尚更、準備と迅速な対応が必要だったのは間違いない。 『”チャンスは日頃準備を怠らない人間に訪れる”』P.176 残念なことに日本を含めた多くの国でこの準備は不十分だった。 そこで黒死病、天然痘流行の頃と同じ原始的手法をとった。 「逃げる」ことだ。 都市を封鎖し徹底的に接触を避けることで捕食者から逃れようとして、それは成功と失敗と一進一退の戦況だ。 日本の場合、縦割り行政、政策立案者たちの忖度や事なかれ主義、文書の隠蔽といったこの社会の悪しき面が表出してしまった。 米国型のCDCを設立すべき、といった議論もかつて、そして現在唱えられてはいる。 しかし、行政は社会を映す鏡でもあり、形だけ日本版CDCをこしらえてもうまく機能するとは思えない。 特に、平時・危機対応時問わず最前線に赴く高度な教育と訓練を受けた学位取得者、専門職の地位が極めて低いこの社会では尚更だ。 米国でさえ、CDCとUSAMRIIDとの縄張り争い(迅速に妥協できるのが米国)、戦闘行為ではないので消毒作業に危険手当は付かない云々があるのだ。 米国でさえ、だ。 従って、ただこしらえを作るだけでなく、この国の行政から考え直す必要があり、これは20年は必要だし、その間にこの国は衰退しているだろう。 この本でも、新しい感染症の発生と爆発的な拡大に至る原因は地球環境・気候変動、未開地の開拓など、ヒトの生存圏の拡大であるとしている。 グローバルサプライチェーン。 00〜10年代にかけて拡大され、整備されたこの鎖から解き放たれた生産、物流、購買、そして生活を送ることは不可能だった。 しかし、空路・海路・陸路と道を作ったおかげで、ウィルスの移動も容易となった。 それだけでなく、より安価な人件費、より安価な原材料を求め、開発が行われる。 ソフトな帝国主義・重商主義だ。 特に、10年代から中国はとてつもない勢いで交易圏を広げ、特にアフリカの開発は猛烈だ。 そして、世界経済が滞った時、最初に犠牲になるのはアフリカ諸国だ。 80年代から90年代にかけてエボラ出血熱の流行時に村落が消滅したように、現在も生活を失う最初の人はアフリカの人たちだ。 やがて、新興国からOECD加盟国へ伝播して、日本も同じ道を辿る筈だ。 各国で経済水準に違いはあれど、最初に苦しむのは貧困層、社会的弱者になるだろう。 従って、危機にあって連鎖を止めるには、下支えこそが川の上流となるはずだが・・どうだろうか。 エボラはどうやらエボラ川流域、エルゴン山のキタム洞窟まで遡る事ができるようだ。(マールブルクウィルス) Covid-19は武漢が最初のホットゾーンとなった。 しかし、このウィルスが本当に、真にどこからきたのかはわからない。(2020年6月2日) 動物、哺乳類なのか爬虫類なのか、昆虫だろうか。それとも研究所やマッドサイエンティストからのリークなのだろうか。 根源を辿るハンティングは憶測の域になり、陰謀論にまで逸脱している。 Covid-19がもたらしたのは感染症そのものの症状と死だけでなく分断やパラノイア、心気不安までをもたらしている。 生体の破壊だけでなく、経済や文化芸術、良心といった生活まで破壊されつつある。 相互不信感は人種差別を助長し、行政の横暴とデモ、暴動と略奪に至っている。 この本はSF小説のような物語としての面白さがあるノンフィクションだ。 綿密な取材と科学的裏付けに基づいて書かれている。 だからこそ、もう一度読んで理解する事もできる。 即ち、文化芸術活動としての読書を通じて、書店業・物流業の収入となって、店舗を維持し労働者を幸福にさせる。 もう一度読み、理解を深め、次の準備とするためには生データを収集し、保存し、研究者らが自由に用いる事ができるようにしなければならない。 残念なことに、このCovid-19にあってエビデンスは恣意的に操作され、貴重な生データは破棄されているのかもしれない。 果たしてその行為は国民・人類を守れるのだろうか。 敵は批判者や特定の人種、ましてや己の自己愛を刺激する情報ではない。 捕食者だ。

月の光 現代中国SFアンソロジー

月の光 現代中国SFアンソロジー ケン・リュウ

中国SFの傑作アンソロジーとのこと。『三体』や『荒潮』の作者の短編が収録されています。私見としては、華文ミステリーほど、華文SFの衝撃は無かったかな。 ※『三体』は未読です。

三体2 黒暗森林 下

三体2 黒暗森林 下 劉 慈欣/大森 望

息を飲む黒暗森林。 今作では移行期の荒廃した世界、ディストピアの様子がみえる。 今作は三体危機というディストピアからの回復の物語でもあるようだ。 だとすれば、文革から超大国スーパーパワーへと変貌を遂げた現代の中国の姿と重なり、民族的トラウマも垣間見える。 その一方で、信じられないほどに西側諸国的な普遍的価値観さえ語られる。 中国という国や社会、全体主義・中央集権的な統治システムの国出身の作者であるにもかかわらずだ。 この作品が中国語で書かれた事が恐ろしい。 もう日本は文化芸術、文学や自由、知性を含む精神的な領域、共感を育む公共性といった風土も遠く中国に及ばないのかもしれない。 (こうした考えを本作では敗北主義と呼ぶのかもしれないが) この20〜30年間我々日本人はただ惰眠を世界が驚く狭さのワンルームで貪り、テレビだけ見てなにも考えず無関心が無教養をはびこらせ、iPhone片手に「日本と日本製がいちばん。だって100均があってウォシュレットがあっておまけに四季があるしおもてなし」とか言うようになってしまったのはこの国に「智子」がばらまかれて智子をおもてなししてたら面(オモテ)がなくなってしまってオモテナシ。 さて。 それはそうと、第一巻、物語冒頭で示された2つの公理がある。 猜疑連鎖と技術爆発だ。 ネタバレしたくないのであまり書かないけれども、およそこの2つの公理にも疑問は残る。 猜疑連鎖は、では大航海時代の人類はどうだったのだろう。コミュニケーションがあれば解を見いだせるというが、では江戸時代の鎖国は?或いは現代に残る未開の世界、熱帯雨林で「100年の孤独」を過ごす部族は?接近を頑なに拒むインド洋の孤島の民族はどうか。 この猜疑連鎖は結局ゲーム理論、ナッシュ均衡、冷戦の核抑止理論の次元なのではないか。 第二に技術爆発とその影響も、結局は原始における文字と筆記、古代における鞍とあぶみや六分儀、中世の活版印刷、治金、マスケット、近代における蒸気機関、鉄道、内燃機関、自動車、航空機、電子工学云々と結局地球人類史の次元でしかなく、これらの発明が起こった場所、文明の変遷といった次元を類推するにとどまるのではないか。 即ちこれら公理とは仮定に過ぎない。 それがこの物語の装置となっている気がする。 それはいいとして、この物語のラストには息を飲む。 続編『死神永生』は2021年春頃・・待ち遠しい・・

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だれもわかってくれない

だれもわかってくれない ハイディ・グラント・ハルヴァーソン/高橋 由紀子

多数の心理学本にみられる「こんな時、こうすれば良くなるかもよ」ではなく、「こんなことが起こるのは、こういう心理が働くからだよ」と教えてくれる一冊。 敵か味方かを判断する『信用レンズ』、力関係により観察に使うエネルギーが変わる『パワーレンズ』、自己肯定感を守る『エゴレンズ』の内容は、特に『エゴレンズ』に関しては思い当たる節が多く、参考になった。 最も頭に残ったのは認識には二段階のプロセスが存在するということ。もし理解されてないと思う場面があったとしても、「この人にはフェーズ1の認識しかされていないかも」と考えるだけで幾分か気持ちは楽になる。 各章に要約があるため、今後読み直す際はスムーズに進められると思う。

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ザリガニの鳴くところ

ザリガニの鳴くところ ディーリア・オーエンズ/友廣 純

重厚な北米文学。 本当に本当に、すごい物語。 まるでレミゼラブルのような、或いは赤毛のアンを全巻通したような読後感。 貧困、被差別人種、麻薬中毒者、傷病軍人・・・社会的弱者や落伍者を隠すのは未開拓の湿地、沼地だった。 行政が行き届かぬ未開の沼地。 或いは、見てみぬふりをされてきた土地と人々、と言うべきだろうか。 そんな湿地帯から少し離れた街には「文明」社会がある。 しかし、その「文明」社会には有色人種差別、偏見と搾取、反知性に満ちている。 社会福祉の理想も現実的な支援の手も届かない。 それは沼地が支援を拒むのか、文明社会の人間が手を差し伸べないからなのか、答えは出ない。 物語の主人公カイアも貧困と被虐待家庭に生まれた白人の貧困層だった。 食事、衣服、教育どころか基本的な保護と安全でさえ享受できずギリギリの状態で育ち、やがて周囲から保護者はひとり残らず去ってゆく。 p.293『辛いのは、幾度もの拒絶によって自分の人生が決められてきたという現実なのだ。』 そして、この孤独で知性的な女性をある者は嘲笑し、ある者は搾取し、ある者は遠目に見てみぬふりをする。 抑圧、偏見、苦痛、孤独、そして罪と劫罰。 文明社会には何があっただろうか。 およそ彼女が触れる文明社会の住民たちの多くは偏見と搾取に溢れ、その様は冷酷で反知性的である。 そして、彼ら彼女らには多くの隣人・友人、「家族」に囲まれている。 その一方で彼女は言葉を持ち、自然があり、科学を有した。彼女のあり方は知性的でさえある。 そして、彼女は完璧に孤独である。 孤独の中で、いくつかの優しさ、善良さに出会う事ができたのは彼女の僥倖でもある。 沼地という過酷な大地と文明社会という冷酷さ。 これら過酷で冷酷な湿地帯だからこそ、優しさや善良さもまた育まれるのかもしれない。 この物語で何を得る事ができるのだろう。 これはひとりの女性の育ちの物語であり、知性と反知性の物語であり、文明と未開というナラティブなフィールドワークであり、どこまでも孤独の物語である。 知性的かつ善良に、過酷な沼地で孤独に暮らすように生きるか。 反知性的かつ冷酷に、偏見と搾取に溢れた文明社会で大勢と一緒に暮らすように生きるか。 湿地の少女は生き方を迫るようだ。 P.155『できるだけ遠くまで行ってごらんなさいーずっと向こうの、ザリガニの鳴くところまで』

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ザ・チェーン 連鎖誘拐 上

ザ・チェーン 連鎖誘拐 上 エイドリアン・マッキンティ/鈴木 恵

IRA全盛時代のかなり荒れたアイルランドを舞台にした警察小説でかなり評価された作家なのだけど思ったような儲けが出ないということでUberのドライバーに転身していたというから驚き。大家のドン・ウィンズロウが才能を惜しんで自分のエージェントを紹介して書かせた作品、ということのようで興味津々で手にとってみた。本作の舞台は現代のアメリカでタイトルから想像できるとおり誘拐がテーマ。シングルマザーで癌闘病中の主人公の一人娘が拐われる。解放の条件は身代金を払うことと別の子供を攫って同じように身代金を払わせ更に別の子供を拐わせること。いわば被害者が加害者を兼ねる形になり苦悩も深まるのだが全体を監視しコントロールしている者はリスクを軽減できる、という話。誘拐のターゲットを見つけたり行動を掴むのにSNSを活用したりパソコンに監視ソフトを埋め込んだりと舞台が現代だけにテクノロジーも駆使されていてなかなか読ませる。全体をコントロールしている真犯人の設定や生い立ちも興味深く描かれている。ところどころ粗いところもあるのだけどそれも含めての魅力かな。面白かった。

ただの眠りを

ただの眠りを ローレンス・オズボーン/田口 俊樹

レイモンド・チャンドラーは最も好きな作家の一人でそのオマージュ作品とあっては手に取らざるを得ない。かってスペンサー・シリーズでお馴染みのロバート・パーカーが遺稿を引き継いだものとその後の姿の二作、探偵フィリップ・マーロウものを出していたけども正直なところそれほど記憶に残るような作品ではなく、これはどうかな、と正直心配であったのだけど。本作でのマーロウは72歳で探偵業からは引退して今はメキシコで悠々自適の老後生活を送っているという設定。そんな老人に保険会社から、メキシコで水死して保険金も支払った開発業務の事故が本当だったのか確認してきてほしいとの依頼が来る。ヒーローになる必要もないし退屈でもあったので、ということでこれを引き受けるのだけど少し調べただけで不審な点がいくつも浮び上ってきて、という話。チャンドラーの小説はミステリというよりはスタイル小説、といったほうが良いもので正直なところストーリーが破綻しているものや推理としてはかなりお粗末というものが多い。魅力はそこにはなくてマーロウという探偵の生き様とか流儀を楽しむものであってパーカーが上手くいかなかったのは結局ちゃんとしたミステリを書いてしまったところにあるのでは、という気がしていた。その意味ではこの作品は良いか悪いかは別としてミステリとしては大したことはなく途中おや?と思うところも見受けられたり~マーロウの獲物はもはや銃ではなく座頭市に影響を受けたという仕込み杖なのだ~でチャンドラーの後継としてはある意味成功しているのかもしれない。小説として面白かったということもあって、ミステリよりもハードボイルド好きという方にはおすすめできます。

もし今夜ぼくが死んだら、

もし今夜ぼくが死んだら、 アリソン・ゲイリン/奥村 章子

舞台はニューヨーク郊外の小さな街、高校生と中学生の二人の男の子を育てるシングルマザーが主人公。この街でスクールカーストの上位にいる人気者がひき逃げで亡くなってしまう。このひき逃げが普通ではなく落ちぶれたポップスターの車が強奪された時に起こった事件という設定。SNSの投稿などから主人公の長男が犯人とみなされ、この長男が芸術家肌でちょっと変わってることもあっていわばネットリンチのような状態になり一家も村八分になっていく。親として息子を信じたいのだが確かに怪しい言動が多くて…。一方で警察側にはやはりトラウマを抱える女性警官がいて、ということでちょっと登場人物を盛りすぎかな、という印象。警官側のトラウマはストーリーにそんなに関係ないし。あと真相の判明に至るところが安易というかちょっと都合よすぎかな、という気もした。という欠点があるけれどもそれら置いといて読ませる魅力がある。SNSとかネットの怖さであるとか、地域で孤立していく恐怖感であるとか、落ちぶれたポップスターの造形とか、そして一番は弟の描かれ方が良くて結果としては良い作品だと思いました。面白かった。

按針

按針 仁志耕一郎

三浦按針。 個人的に三浦半島と縁があり、年々その縁が深くなってゆく個人的事情から(出身ではないし住んでいるとかでもない)この本を手に取る。 京急に乗るとアンジンヅカという駅があるというか通過する。 普段ならば電車の中でアナウンスを気にもとめず本を読んでいるものの、ある時「ヅカってなによ。アンジンってなによ」なんて思ってしまい、路線図を目を細めて見上げると「安針塚」とある。 はぁ、人の名前みたいだなぁ(安 針塚さん?)とまったく無教養なことをポケッと考えつつ、個人名がそのまま駅名になる訳がないなぁと、しらべると、三浦按針という人物に行き当たる。 驚くべきことに彼は大航海時代に流れ着いたイングランド人であり、しかも徳川家康に重用されたとある。 そんなことがあるのかね、と思っていた矢先、『按針』なる歴史小説が発売された。 歴史モノはあまり好まない。 なぜなら歴史的登場人物が過剰に人間臭く描かれていたり、或いは、偉人と偉人との関係性がこれもまた過剰に親密・信頼しあっているような描写がこそばゆい場合が多々あるからでもある。 そして、この『按針』もそのきらいがある。 けども、物語としてとても面白い。 大航海時代のイングランド人がそんな訳ないだろ!とかいちいちツッコミを入れてはならない。 日本の歴史の中でも驚嘆すべき戦国時代とその終焉、江戸幕府のはじまりである。 物語はまるでSFのようだ。 恒星間航行中にワープシステムが故障して見知らぬ惑星に不時着、戦争に巻き込まれる。 現代の?感覚ではそのくらい奇想天外な人生だったのではないか。 そして、これも驚いたが「八重洲」はこの三浦按針と共に漂着したオランダ人「ヤン・ヨーステン」の名から取られていたという。 知らなかったぞ。 この物語では三浦按針とその周囲の人たちは魅力的で暖かく、ユーモアに満ちて熱心な人たちび描かれている。 ほっこりなんて言葉は使いたくないがほっこりする。 エンターテインメントとしては楽しめる。 P.245に誤植?DTPのミスなのか構成ヌケなのかがあるのはいまどき珍しいご愛敬。

ピュア

ピュア 小野美由紀

近未来な設定のSF短編集。進化した女性達は人工衛星に住み、敵と戦い、妊娠を義務付けられていた。妊娠する為には地球に住んでる男達と性行為をし、行為後に男を食べてしまう必要がある…。その他4作。 ダイナミックな設定のSF小説ではあるが、短編であることや、流れる文章で、あっという間に読み終わる。泣きたくなるような綺麗な表現が散りばめられている。 いずれの作品も、男女の性別の枠組みの中で生きなければいけない息苦しさや、性別を超えた人間同士の助け合いについて書かれている。食べてしまわないといけない男性に好意を抱いてしまったら?親友がある日性転換して男になったら今まで築いてきた関係はどうなる? 女だからこうすべき、男だからこんな態度はしたらいけない等、性別の枠組みで苦しめられていないか。背景は違えど、登場人物の苦しさにどこか共感してしまう。コロナパンデミックで行き方、働き方が大きく変わっていく今だからこそ読みたい小説。

コロナの時代の僕ら

コロナの時代の僕ら パオロ・ジョルダーノ/飯田 亮介

物を知らない人は想像力に欠け 想像力が欠けている人は、他人を思いやることなんてできない。 無知であることが恥ずかしくなった。 どの専門家の話を信じるかの道標ができた。 私の思考を変えた本。 自宅に軟禁されてる受刑者という例えが、頭から離れないほど好きです。

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波の手紙が響くとき

波の手紙が響くとき オキシタケヒコ

音響研究所が絡む音SFのあれこれ。『エコーの中でもう一度』の短編で読んでから、ずっと読みたいと思っていた一冊。良本でした!

サイコセラピスト

サイコセラピスト アレックス・マイクリーディーズ/坂本 あおい

ミステリーとしてとても面白い。 心理療法は死と再生の物語であると言ったのは河合隼雄先生だったけれども、この物語は死と再生というよりも罪と罰だろうか。 同業者からすれば物語冒頭から逆転移(よりもむしろ転移)状態にあって、どうもこのセラピストは心理療法家としてのラインを最初から侵していると「嫌な感覚」になったけれども、その直感は間違っていなかった。 訳者の坂本あおい先生が書かれている通り登場人物がそれぞれに罪を犯し、罰が下されている。 しかし、心理療法は例え司法分野であっても、罪と罰について考えさせるのではなく、罪を犯した自己と別離し、自己を再生ヘ促す態度が必要になる。 その点において、この物語の主人公である心理療法家セオは、すべてのはじまりから誤っていた。 そして、その誤りには最後まで気付けなかったのだろう。 重ねて、臨床心理士・公認心裡師、資格や呼び名はどうあれ、訓練を積んだ心理療法家にこの主人公のような人物はいないのでどうか不安に思わないでほしいとも願う限り。 それはそれとして、物語として面白い。