新潮社の本

果ての海

果ての海 花房観音

愛情と見せかけ支配する男 その同情に甘え生きる女

これはただの夏

これはただの夏 燃え殻

ホントにただの夏の話だった。 若い頃の、「あ、この人とは仲良くなれそうだ」という嬉しい感触を思い出した。 筆者も結構いい歳のおじさんだったと記憶する、その人の本に共感するところが多いのだから、自分もやっぱおじさんなんだろう。 もう夏の儚さを知っている。 若ければ大冒険や大事件を期待する「夏」でも、この年になれば結末がある程度見えてしまうのかな。 余計な描写はなく、淡々と必要最小限で語られる言葉でも、情景が思い浮かぶから不思議。 あと、千原ジュニア的なリフレインというか、韻の踏み方も、話が入ってくる要因かな。 ページをめくり返してしまう、そういう技法好きなんだよな。 読んだ季節もドンピシャ。 (R3.9.21読了)

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2 ブレイディみかこ

息子、家族、地域、社会に寄り添う、見つめ合うって、こういうことなのかな。 一方的に主張するのでもなく、一方的に慮るのではなく、それぞれの状況も立場も変わる。 知らないことの方がいいと思った時期もあるが、知ったうえで受け入れて、普通に過ごす。それも大切だなと。 ライフってそんなもんでしょ。 なるほど。

午後3時 雨宮教授のお茶の時間 3

午後3時 雨宮教授のお茶の時間 3 鷹野久

2巻までは割とお菓子に注目していましたが、3巻にきて登場する外国文学にも興味を持ち出しました。 『ダレン・シャン』が気になる…。 あとやっぱり、マンガ内で英語が飛び交うのが私は好きです。 マンガで英語勉強したいです。

「日本の伝統」の正体

「日本の伝統」の正体 藤井青銅

2021/07/31 読了 まあ、そんなもんでしょ(^。^) 演歌の項目は面白かった。 マトリョーシカ、アロハシャツは知らなかったなぁ。

「十五少年漂流記」への旅

「十五少年漂流記」への旅 椎名誠

十五少年漂流記の舞台となった島はどこにあるのかを椎名誠が現地を訪れ探る。2021年の夏もおそらくどこにも行くことができないのでせめて紙上で空想旅行。パタゴニアのマゼラン海峡なんて一生行くことないから楽しい。旅行記であると同時に漂流本のガイドでもある。ちゃんと読み込んでる人のおすすめは信頼できる。 「きれいな庭園を前にテラス式の大変感じのいいレストランがあったがここでワインを飲んでしまうとその日がそこで終わってしまう危険があり」p.174 ここすごくわかる。本当に終わるから。酒飲むと。 著者が子供の頃にもっとも崇拝していた本は下記の3冊 ①「十五少年漂流記」 ②「コン・ティキ号探検記」 ③「さまよえる湖」

室町は今日もハードボイルド

室町は今日もハードボイルド 清水克行

支配権力が脆弱であった室町時代は、生きるも死ぬも自分次第。武士であろうが、農民も僧侶も、舐められたらやられる。 夫を奪われた先妻は、後妻宅を集団で襲撃する(相手を殺してしまう場合もある)。隠し田を巡って二つの村が150年に渡り、血で血を洗う闘争を繰り広げる。恨みを抱いて腹を切り、憎い相手を指名すると、その相手も切腹を強いられる指腹制度などなど。 自力救済ここに極まれりという、中世社会の面白いエピソードを満載にしたコラム集。ワクワクしながら読んだ。室町時代愛好家なら買い。 日本人的な民族性というのは、江戸期以降に形成された部分が大きいのかな。

草薙の剣

草薙の剣 橋本治

昭和〜平成の中で生きる人たちの人生が描かれた小説 登場人物は交わらないし、ものすごい大事件は起きないけど、社会情勢やニュースの影響が平凡な人生に、影響を与えていく様がリアルで読んでいて苦しくなる 登場人物に近い自分も出てききそう とにかく苦しくなる 自分は幸せな人生を送ってきたのか とか考えてしまう

ウナギが故郷に帰るとき

ウナギが故郷に帰るとき パトリック・スヴェンソン/大沢 章子

スェーデンのジャーナリストが鰻の生態についてをまとめた作品。農場で育った主人公の父親との鰻にまつわる思い出と鰻に関するレポートが交互に出てくる構成。一見して鱗もなく魚か動物かもわからない、そして生殖器官も分からない鰻について、今分かっているとされていることがどのような経緯を辿って判明したのか、ということが一方のストーリーでもう一方では肉体労働者である父親との鰻に纏わる思い出が語られている。鰻が好物で煮たり焼いたりして食べていた父親と異なり作者自身は食物としてそんなに好んで無さそうなところも面白い。最もそのまんまぶつ切りにしてフライパンで焼いたりするだけの調理法で全く美味そうに思えないのだが…。それにしても鰻のことを知ろうとしてきた人類の、というか西欧の人々の歴史は興味深い。今でこそヨーロッパやアメリカの鰻はサルガッソー海付近で産まれ、親の育った川を遡って暮らし、また産卵のために海に帰っていく、ということがわかっているものの生殖自体どのように成されているかは今以て分からず、産卵後の成体もいまだ発見されていないのだという。アリストテレスは泥から忽然と誕生すると説き、長らくそれが定説だったらしい。第一次大戦を挟んでなぜか鰻の産卵場所を突き止めようという情熱に駆られたデンマーク人が、大手ビール会社の娘壻という財力もあって20年に渡り大西洋で鰻の稚魚を採り続け最小のものが採れたところがサルガッソー海近辺、ということなのだという。ニホンウナギはマリアナ海溝近辺で産まれる、ということだけは同様にわかっているが同じく細かな生態はわかっていない。そもそ産卵のシーンも誰も見たことがないというまだまだ謎の生き物。ここに書かれている西欧の食べ方を見るといかにも不味そうで脂分目当ての労働者の食べものというのが一般的な評価らしい。それ故にたぶんそこまで危惧していないのでは、という気がした。個人的には絶滅危惧種なのでいっときは食べないようにしようと思ったのだけど食べなくなる→無関心→絶滅のほうがシナリオとしてはあり得る気がしたので食べることにしたが本作読んで方針転換は間違っていないと思った。高くて手が出ないけども(笑)

楽観論

楽観論 古市憲寿

「誰の味方でもありません」の続きなのだろう。エッセイなので読みやすい。古市さんの独特な視点も相変わらず面白い。

オーバーヒート

オーバーヒート 千葉雅也

2021/09/20 読了 関西の地名が出てきたので読んでみた。本人と思われる哲学者が葛藤する日常を淡々と描いたもの。言葉の扱いに意識があるようだが、話そのものに面白みを感じなかった。外山滋比古の「朝飯前」の話が出てきたところは「おっ」となった。

ウィステリアと三人の女たち

ウィステリアと三人の女たち 川上未映子

◯ 建物が覚えている人の温度、というものがあるのかもしれない、と思う。主人公はウェステリアの寝室だった場所で、夢によってウェステリアの人生を追体験する。夢から覚める瞬間は、ウェステリアが死ぬ時、つまり、ウェステリアの体温がまさにゼロに向かって移り変わっていくその瞬間。主人公も目が覚めると悪寒がしている。夢でウェステリアが冷えゆくその時にともに主人公も寒いと感じているのだ。だけど、主人公は生きていくから、発熱して、熱を取り戻していく。   わたしたちが建物をみて、ノスタルジーを誘発させられるとき、建物もまた、人を、温度、によって思い出すのかもしれない。建物の記憶。 p140 壊されるときにしか聴こえない音の成分みたいなのがあるんです。 p141 ただ壊れていくことと、壊されるということは、別のことなんです。 p189 かすかな音    けれどもその音はわたしを求めていた。 p190 あるいはわたし自身の中から。

Artiste 7

Artiste 7 さもえど太郎

マルコのお姉ちゃんの旦那さんが良いキャラすぎて笑ってしまった。 ギャップが良いです。 マルコとエルザもとうとう初対面で、ジルベールさんの世界が広がっていく感じに希望を感じました。 人間関係から成長する姿は、心に沁みます。 それぞれのキャラが地に足ついていて、身近さを感じます。

どうしても頑張れない人たち

どうしても頑張れない人たち 宮口幸治

第7章の中にある「社会への橋渡し」の考え方に共感したと同時に内省。世の中には色んな人がいる。その中で生きていくことは、障害を持っていても持っていなくても、犯罪を犯していても犯していなくても、どんな人にとっても変わらない条件。だからこそ、その状況をライドできる力、欲張るなら“楽しんで″ライドできる力が、人生を豊かにする。 自らが支援する相手を安全圏に囲い込むのではなく、その姿勢やマインドを持って何ができるか、何をすべきかを一緒に考えていくことが、人を支援をする上でとても大切なことなんじゃないかと気付かされた。 それと同時に、支援する側が全てを注ぐような支援は続かない。親が子に励まされることがあるように、支援する側も支援される側に与えられることがある。 安心の土台をつくった上で(私自身、過去親に何があってもアンタの味方だから、と言ってもらえたことがまさに安心の土台になっていると思う)、一方的に支援するのではなく“一緒に”進んでいくことが大切なのではないか。

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