みすず書房の本

色彩の表記

色彩の表記 アルバート・ヘンリー・マンセル/日高杏子

色というものを理解するにあたり、非常に参考になる書籍です。またマンセル表色系の基本的な事項へのアプローチが書かれています。現代の色彩学の基礎の一つであるマンセル・カラーシステムがどのような経緯で組み立てられ、論理構造を持っているのか、また、色相、明度、彩度への理解を簡潔に示しています。 訳者解説にありますが、当初の目的は美術教育者に向けた書籍であったとあります。 古典ではありますが、今でも理解を深めるために重要な一冊です。

キッチンの悪魔

キッチンの悪魔 マルコ・ピエール・ホワイト/ジェームズ・スティーン

イギリス初、そして史上最年少のミシュラン三つ星シェフなんだとか。食べるのは大好きなんだけど高級レストランとか有名シェフには全く疎いのでどうかなと思いつつちょっと面白そうだなと思って手に取ってみた。フレンチのシェフなんだけどそれもフランスなんか海峡ちょっと渡るだけなのにフランスには一度も行ったことがないまま三つ星まで獲得したらしい。いい年になるまでパスポートも持っていなくてそのくせ一度パリに行った…要は密入国…とかミドルネームがピエールなのでチャールス皇太子にフランス語で話しかけられたとかとにかく面白いエピソード満載。破天荒だが実は父親も祖父も料理人という家庭でイタリア人の母親との間に産まれ〜イギリス人らしからぬ名前をつけられているのはそのせい〜早くにその母親を亡くしてリーズ(フーのライブ盤で知られている街だ!)の公営団地で父子家庭に育ち、中学を出ると祖父や父親と同じ料理の道に進んだという苦労人。しかし貧乏から這い上がって苦労したみたいな暗さが微塵もなく、自分のしてきた数々のパワハラも率直に書いていて好感が持てる。料理は発明ではなく改良であるとの信念のもと、先人へのリスペクトがあるところが結果として成功に結びついたんだろうなと。しかし星付きのシェフが味見以外はろくに食事も取らず口に入れるのはマルボロだけとか凄まじいものがある。それ故か三つ星を取ってすぐに引退し、経営者に転じるところも興味深い。すごく面白かったけども作り方とかもけっこう書いてあるし料理の知識がある人ならより面白く読めるのだろうな、とも思った。これはおすすめ。

マツタケ

マツタケ アナ・チン/赤嶺淳

2016年に刊行されて人類学の各賞を受賞した、文化人類学者アナ・チンによる、マツタケの採取と流通についての本。米国オレゴンのカスケード山脈には、マツタケを探す移民たちのテント村がある。このキャンプの観察に始まり、バイヤーたちの取引、海の向こうの日本市場、さらには雲南や京都のマツタケ狩りまで、広くその売買の世界をたどっていく。 カリフォルニア大学サンタクルス校で教えるアナ・チンは、輸入材サプライチェーンのフィールドワークを専門にしている。マツタケもまた、山林の中の採集商品として、環境と経済の両面から調査がされている。さらに、古く俳句作品の中に現れるマツタケ、いまだ謎も多い菌糸体の生命サイクルなど、食文化や生物学の方面の記述もかなり詳しい。

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タコの心身問題

タコの心身問題 ピーター・ゴドフリー=スミス

タイトルで気がつくべきだったのだが...てっきり生物学者がタコの生態を面白おかしく紹介してくれる内容だと思っていたのだけど作者は哲学者にして熟練のダイバーだという。海の底で出会ったタコの振る舞いに興味を持ち観察と研究を行うのだがそこは流石に哲学者、タコの意識や心の問題についての洞察が中心となった内容。ところどころ難解でさらっと読める感じではありません。しかしタコという生物は面白い。こんなことが知れ渡るとタコも食べるなとか欧米人が言い出さないか心配だが…タコというのはああ見えて高い知力を持っていて好奇心も強く人間のことも見分けるし向こうから手を延ばしてきて触ろうとしたり水槽の中から気に食わない奴に水をかけたりするらしい。頭に大きな中央処理装置が一つあってそれが手足に殆どの命令を下す我々哺乳類と違ってタコの脳というか大きな神経の塊は分散されて八本の手にもあり味覚なども手で感じ取れるのだそうだ。しかもそれだけ高度に進化しているくせにおおかたのタコの寿命はほぼ二年くらいしかないらしい。我々人類とは全く異なる進化を遂げたタコを観察しながら意識とはなにか、言語やそれに替わるコミュニケーションの手段はなにか、寿命とはどういうものか、などなど哲学者らしい考察が為されていて興味深かった。手軽に読める感じではないけども量も手頃だし面白い作品でした。これはおすすめ。

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デュシャンとの対話

デュシャンとの対話 ジョルジュ・シャルボニエ

間違いなく今世紀前半で最も重要な芸術家の一人と言われ、小便器を芸術に変えたデュシャン。この飄々とした対話で何を知ったのだろう。それにしても、「大ガラス」にはなんでこんなに魅入られるのか。

例外時代

例外時代 マルク・レヴィンソン

第二次世界大戦以降、1970年代前半まで続き、オイルショックで収束した世界的な好景気のような高度成長経済は果たしてまた訪れることはあるのか。それとも、そうした好景気はたまたまのことで、もはや望むべくもないのか。 筆者は好景気の時代こそが例外であり、低成長が本来の姿であることを、おおよそ70年代後半からの経済停滞に世界各国がどう対処し、良きにつけ悪きにつけどのような成果を出したのか、さまざまな人と政策をつぶさに紹介しながら例証していく。 福祉を重視する大きな政府から自己責任が求められる小さな政府への移行(例えばアメリカ)、反対に民間企業を国有化する政策(これは同時期のフランス)、様々な国が様々な方法であの黄金時代を取り戻そうとするが、どの国もそれを果たせない。揺るがぬ信念を持つ政治家、確たる理論で武装した経済学者たちはどの国にもいつもいた。うん、いるにはいたんだ、いるには。けれど、そうした信念も理論も大した役には立たなかったってことだけは明らかだった。経済成長なんてこんなもんなんだなーという諦念のような認識から何を考えていかなきゃなんないのか。これまでの暮らし方とか、そういうことも含めて。

エルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告

エルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告 ハンナ・アーレント

前から一度読んでみなきゃ、と思っていたものの哲学者の著作ということで難解だろうと腰が引けてた一冊。雑誌ニューヨーカーの依頼による裁判傍聴記と知って手にとってみました。何が興味があったかというとサブタイトルで、自身もナチによって故国ドイツを追われたユダヤ人の彼女が何をもってこの悪を陳腐、と言ったのか、がすごく気になっていて…。アイヒマンはナチでユダヤ人移送の責任者をしていた男で戦後アルゼンチンに逃亡しておりイスラエルによって拉致されエルサレムて裁判にかけられ絞首刑になった男。一説に600万人と言われる犠牲者の殆どはこの男が出した指示でアウシュビッツをはじめとする強制収容所に送られた。一方でこの男はあくまで当時彼の暮らしていた国では合法であった命令に従っただけであり、かつ移送の結果に関しても強い反対意見を正式に述べていたりもするのだ。作者は悪しき体制に諾諾と従った、という意味で裁判の結果は妥当であるとしつつも個人に関しては生まれつき邪悪であったわけではなく悪い方針と知りつつ流されてしまったところに罪があるとした。当時この立場は特に同胞から強い批判にさらされたそうだが妥当な結論ではなかろうかと思う。特殊ではなく陳腐であるが故に誰しも同じ状態になり得るために悪は恐ろしいのだ、という意味かなと解釈している。

夢遊病者たち 2――第一次世界大戦はいかにして始まったか

夢遊病者たち 2――第一次世界大戦はいかにして始まったか クリストファー・クラーク

そして下巻。 バルカン半島を巡る列強のしっちゃかめっちゃかとデタント、そして不幸な事件から開戦前夜までの時間が「いかにして」経過していったのかが丁寧に辿られる。各国のデタントは危機回避の機会としては優れていたが、デタントの事実自体が政策決定者の思考を停止させてしまったのかもしれないが、それ自体は列強の紛争を防ぐためには必要であったしまた有意義でもあっただろう。暗殺の後も、何が何でも戦争に突き進もうとした者はなく、誰もが戦争回避に向けてあくせくと努力をしていた。問題はすでに上巻でも触れられていたような首相と外相、あるいは大使らの間で常に揺れ動いていた意思決定のあり方や各国、また各人の間での思い込みなどであった。いまにして思えば、ということを極力排しつつ事実が並べられていくが、その節目節目に戦争を避けられたかもしれないきっかけが見え隠れしている。これは作者の解釈であるのかもしれないが、大変説得的で示唆の多いところ。 それでも歴史は戦争に突入する。政策決定者は「夢遊病者であった。彼らは用心深かったが何も見ようとせず、夢に取り憑かれており、自分たちが今まさに世界にもたらそうとしている恐怖の現実に対してなおも盲目だった」という指摘の重さ。 ドイツの戦争責任論に対する反駁として本書を捉える向きもあるそうだが、やや一面的な見方のように思われる。とはいえ世の中は分かりやすい悪役を求めるわけで…。 これだけの膨大な資料を渉猟したものであるということで細かなミスというか勘違いが散見されるようだが(それを一つ一つ指摘している訳者もまた素晴らしい)、そうしたことを差し引いても読むべき本だと思う。

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ベトナムの泥沼から 新装版

ベトナムの泥沼から 新装版 デービッド・ハルバースタム/泉鴻之

この作者の「ベスト・アンド・ブライテスト」がすごく好きで何度も読み返している。他の作品も一通り読んでいるつもりなんだけど初期のこの作品は手に取ったことがなく新装版が出ていたので。忖度ということが日本の政治について言われているがアメリカの方がそういう気働きみたいなのはものすごくてそれが「ベスト〜」の主要なテーマでもあるわけだがその問題点を喝破した一連の報道でピュリッツァー賞を受賞したその原点ともいえる作品。ニューヨークタイムズの特派員としてコンゴ動乱を取材し、次の取材先として選んだインドシナ、というか南ベトナム、そこは反共のお題目の元に異様な政権が権力を行使するハリボテの世界だった。フランス(この国についてはナチスから解放されてすぐにベトナムを再度支配しようとした精神が全く理解できない。しかも自由博愛平等を標榜しながら。)が敗退した後に軍事顧問という形で進出してきたアメリカ軍、彼らと行動を共にするうちにこんな状況では共産勢力、いわゆるベトコンに到底太刀打ちできない、と気がつくのだがそれを表明した現場の軍人たちは尽く排除されていきはてはジャーナリストの作者にまで攻撃が及ぶ、という展開が恐ろしい。ケネディ政権がより深くベトナムに関わろうとしているのを見て反対のために急遽まとめられた作品らしくとっ散らかったり読みにくい箇所が多々ある(翻訳も翻訳家ではなくジャーナリストだし!)けれどもそれ故に生々しい迫力のある作品。面白かった。

生存する意識――植物状態の患者と対話する

生存する意識――植物状態の患者と対話する エイドリアン・オーウェン

脳溢血とかで倒れて、昏睡状態になる。だいたいはそこで植物状態になる。植物状態とは、呼びかけなどに意識的、随意的な反応がなく、周囲の状況などを一切理解してないとされていたが、最近では、意識はあって、見えているし聞こえているけども、肉体が麻痺していて外界との意思疎通ができないという患者がいることがわかってきた。しかも植物状態の患者の15から20パーセントがそうだという可能性があるらしい。こういうのを閉じ込め症候群というらしいのだが、意識があるのとないのの間ということで、グレイゾーンと呼ばれている。これは脳科学を通じて閉じ込め症候群の患者たちとの意思疎通を研究してきた人の本。 こんなことで?と思うようなことがヒントになり研究が進展していく様子はミステリを読むみたいでめちゃ面白い。 でも、この人はもうダメですね、じゃあ呼吸装置を外すか、とかこんな会話が聞こえてきても、それが聞こえていることや、自分が生きてることが全く伝えられないまま、死ぬしかなかった人が少なからずいるわけで、痛みなどはなかったにしても、その怖さたるや想像を絶する。 とはいえ自分がそうなったら、多分安楽死を選ぶんだろうと漠然と思い込んでいたら、なんと多くのグレイゾーンの患者はそれを望んでいないらしいこともわかってきたのだとか。生とはかくもすごいものなのだな。

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ヒトラーのモデルはアメリカだった――法システムによる「純血の追求」

ヒトラーのモデルはアメリカだった――法システムによる「純血の追求」 ジェイムズ・Q・ウィットマン

ナチスがユダヤ人を諸権利の剥奪を明確に規定したのはニュルンベルク法で、これは天下の悪法とされている。悪法も法なりというやつで、通常の法制定同様、制定や施行までにはさまざまな議論があったらしい。つまり、それまでに存在した同様の法律を参考に議論が繰り広げられたのだそうだ。 が。当然ながら、ドイツにはそんな法律は存在しなかった。だからこそ作らにゃならなかったわけだから。そしたら、諸外国の法を参照するほかない。しかし、そんなひどい法律に参照すべき前例などあるのだろうか。ハンムラビ法典みたいな太古のものでなく、近代の法制度でそんなもんがあったのだろうか。なんとそれがあったのである。著者が紹介するナチスの議事録にははっきりと書かれている。やがて敵国として戦うことになる自由の国、アメリカの法律であった。 アメリカは自由の国なんかではなかった。奴隷制が廃止されてからも、アメリカはアパルトヘイトのような人種ごとの分離政策がとられていたゴリゴリの人種差別国家であった。無論取りようによっては今でもそうだ。 しかも、ナチスの法制定者たちがあまりに厳しすぎるというほどに人種差別のルールが徹底していたというのである。ニュルンベルク法制定当時、ユダヤ人の明解な定義はできるだけ狭いものにすることが求められたのだけれど、アメリカではワンドロップルールというのがあって、一滴でも異人種の血が入っているとされれば、もはやその人はどんなに白くても白人ではなかったという。 もちろん、こうした法制度が参考にされたからといってナチスの戦争犯罪がアメリカの責任になるわけじゃない。 だが、しかし。アメリカに根深く巣食う人種差別はナチスに勝ってからなくなったのか? そうではないことはご覧のとおり。 エリック・リヒトブラウの『ナチスの楽園』でも取り上げられたように、ナチスの高官や科学者が戦後アメリカに多数移住することができたという事実同様、そうした恥ずべき歴史を直視することも時には必要なことなんだろう。

人体の冒険者たち

人体の冒険者たち ギャヴィン・フランシス

うっとりしながら読んだ、スコットランドのお医者さんのエッセイ。訳者が「音でも聴きたい」とオーディオブックを手に入れたほどの名文で綴る、人体にまつわる古今東西の四方山話や患者のエピソード。文学的な才能のある何かのプロの文章は、本と向かい合う時間をとても豊かにしてくれる。

三月十五日 カエサルの最期

三月十五日 カエサルの最期 ソーントン・ワイルダー

ちゃんと作者を見ずに不覚にも歴史書だと思って手にとってしまったのだが…ピュリッツァーを二度受賞している偉大な作家が描いたカエサルの晩年が面白くないわけがない。全て書簡で構成されており独裁者とそれに関わる人達の心理というか動きが手紙の形で次々に展開される。ガリアを征服したことで力を持ちすぎたと元老院に警戒されたカエサルは無位無官になって帰国しろ、と命じられる。待っているの死という状況で当時ローマ人にとってタブーだったルビコン川を渡ってローマに逆に攻め込み内乱を制覇、事実上、唯一の指導者となっている。その状況の中で暗殺されるまでの8カ月について架空の人物を交えて書簡の形式でカエサル本人、関係者、政敵などの心の動きが見事に描かれている。登場人物は一部を除き実在の、書簡については殆ど作者の創作、という形式だがさもありなん、と思わせる作者の技量が見事。面白かった。

最後のソ連世代――ブレジネフからペレストロイカまで

最後のソ連世代――ブレジネフからペレストロイカまで アレクセイ・ユルチャク

非常にあっけなかったソ連の崩壊。国民は、祖国が確固たる基盤に立ち不変の存在だと信じていたのにもかかわらず、崩壊の過程においてはそれをあまりにもあり得ることだと感じていたのだという。本書はこうしたソ連崩壊がなぜこうまでなし崩しに起きたのかを自らの実体験とさまざまな聞き取りで明らかにしていく。ソ連の日常、特に本書で分析の対象となっているブレジネフ時代以降は党の指導に愚直に従う体制派と、そうした体制をかいくぐりながら自由を希求した反体制派(ここでは異論派)というような、二項対立があったとされるが、実はそうではなく、共産主義に対する真摯な信頼と信念を持ちつつも、それに反することもするといういわばねじれた関係が市民にとって普通の状態でありえたという。そうした言説の意味の捉え方の方法論の違い(ここではオースティンの概念を援用してコンスタティブ・事実確認的な発話/パフォーマティブ・行為遂行的な発話に分けられる)により、党のガチガチの権威的な言説がいわば形式的なものとなって脱構築されていき、誰もがイデオロギーに従っていながら、それを気に留めなくなったという不可思議な状態(本書ではヴニェと呼ばれる)となったことが、ソ連の崩壊を準備していったとする。オーラル・ヒストリーとしても抜群に面白い数多くの聞き取りをはじめ、読み出したら止まらない。

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これを聴け

これを聴け アレックス・ロス

気鋭の音楽評論家らしい。ピュリッツァー賞の候補にまでなった評論集が面白いかなと思ったのだけどあまりの大著にビビったため半分くらいの厚さのこっちをまず読んでみた。元々作曲家を目指していたがハーヴァード在学中に書いた論文が注目されて若くしてニューヨーカー誌の音楽評論を担当しているという筆者。個人的には音楽評論の重要なポイントは読んでその音楽を聴きたくなるかどうか〜まぁ他の評論もそうだけど〜と思うのでその意味ではさすがに大したものだと思った。作者はこのジャンル分けを嫌ってはいるがクラシックに軸足を置いてて個人的にはあまり馴染みのない分野だけど取り上げてる曲に興味を持った。大著にも挑もうかな…

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精神の革命――ラディカルな啓蒙主義者と現代民主主義の知的起源

精神の革命――ラディカルな啓蒙主義者と現代民主主義の知的起源 ジョナサン・イスラエル

現代に生きる我々にとってごく普通な概念である人権、思想や信教の自由、また人種間の平等など、いわゆる人類の普遍的価値と呼ばれるものが定着してきたのは、つい最近の話であって、まだまだ定着したとはいえない国や地域もある。日本だってアメリカだってそうした価値観が100パーセント浸透してるとは言い難いところがある。ではそういう普遍的価値観はどこからきたのだろうか。 本書の著者であるジョナサン・イスラエルによれば、哲学者スピノザに始まる急進的啓蒙主義がそうした価値観を見出し、広めてきたのである。急進的な啓蒙主義者が声高な主張により、思想的素地を固めてきたからこそ普遍的価値観が根付くことができたのだという。急進的? 啓蒙主義はそもそも急進的だったのでは?と思ったりしたが、そんなことはなかったようだ。穏健な啓蒙主義者はあくまでも王権やキリスト教的価値観に立脚しながら、つまりは身分制度などはそのままに限定的な改革を志向していたという。 イスラエルの論旨は明快で、普遍的価値観を広めた啓蒙主義者は急進的なそれであって、そうでない主義者は負けたのだ、というのである。 その意味ではとても論争的で結論ありきのプロパガンダみたいなものだが、あまりにも博覧強記なものだからふむふむと頷きながら読むしかなく、気づけばなるほどなあと唸らされることしばしばであった。こうした姿勢に対しては批判も多いそうだ(事実、訳者も批判的)。 それでもこれだけの説得力はすごい。ディドロと、ダランベール、ヴォルテールは百科全書派って習ったけれども、ディドロの急進性に比べて後の2人はそうでなく、どちらかと言えば対立していたなんてちょっと信じられん。

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