村上春樹の訳書

水底の女

水底の女 レイモンド・チャンドラー

村上春樹さんのチャンドラー長編翻訳シリーズの最終作。自分はこの作品がけっこう好きで春樹さんも同じだから最後までとっておいたのかな、と勝手に思ってたらそうでもなくて…むしろ微妙だから最後に回したということらしい。チャンドラーがよくやる短編を膨らまして長編に(それで金を二回稼ぐ)した本作は二つの短編をむりやりくっつけたもので春樹さんはそのむりやり具合があまりお気に召さないらしい…。たしかになんとなくくどかったり都合が良過ぎたりする部分があって改めて読むと??というところが目立つけどもチャンドラーの作品はそういうものであってむしろはっとするようなシーンや粋な会話を楽しむもので全体の辻褄とかミステリとしての出来は二の次なのだ...もちろん春樹さんもご承知の上だけど。その意味でこの作品の冒頭部分~依頼人との初対面のシーンとラスト、それに田舎警官の描かれ方が印象深く何度読んでもしびれてしまう。これでもうこのシリーズが終わってしまうと思うと本当に寂しくてならない。チャンドラーの翻訳では清水俊二さんのものが有名でそれらと春樹さんの訳はどう違うかな、と思っていたが本作が一番違うかな、と個人的には思った。

その日の後刻に

その日の後刻に グレイス・ペイリー

アメリカの文学シーンではカリスマ的な人気を持つという彼女、以前雑誌MONKEYの短編特集で読んだ時にはあまりピンと来なかったのだけど…村上春樹訳ということと表紙が好きなホッパーの絵だったので手にとってみた。短編とエッセイ、それにインタビューで構成されている。この人の短編は表現が荒削りな感じで会話が中心、何か事件があるわけではなく何事かが示唆されるような感じのもの。一人称でストーリーを語るのではなく相手に物語を聞かせる形のものが散見されるところが特徴かな…改めて読んでもやはり自分にはしっくり来なかった。インタビューでストーリーテラーとストーリーヒアラーということを語っていたがそれが一番興味深かった。

卵を産めない郭公

卵を産めない郭公 ジョン・ニコルズ

村上柴田翻訳堂(新潮文庫)の1冊で、1960-63年の米国東部の名門カレッジを舞台にした青春小説。柴田さんとこれを訳した村上春樹の巻末の「解説セッション」によると、本作のような60年代「前半」を舞台にした米国青春小説って実は少なくて、「若者の文化としては、エアポケット的なところ」という指摘がポイント。「柴田:50年代まで遡ると『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(1951)がありますが、ここまで戻るとまた全然別の時代です。(…)若者文化というのは、まだ生まれたばかりで、自由を求めてはいても、どうしたらいいか全然わからない。選択肢が見えないという息苦しさがある」。それが60年になると大人の締め付けは弱まって、かといってベトナム戦争も泥沼化する前なので政治色は一切なく、カウンター・カルチャーもまだなのでドラッグは出てこず(酒は飲みまくる)、性への意識も異なる。つまり良くも悪くもユルイ時代なので小説になりにくいのか(とはいえいつの時代にも青春期特有の切実さがあるのはこの作品が証明している)。長い手紙を送ったり、会って話したいことを次会うまで一週間ためてたり、相手のことを考えながら1人で(または友人と馬鹿騒ぎして)待つ時間もよい。ナイーヴな魂の一瞬の煌めき。プーキーの魂よ、安らかにあれ。

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頼むから静かにしてくれ〈2〉

頼むから静かにしてくれ〈2〉 レイモンド カーヴァー

一巻に引き続き。何が面白いんだか説明できないけど面白いなあ、とバカみたいなこと考えて読んだ後に春樹の作品解説あったので助かりました。確かに、書き出しからしてよくできている。ダメな男シリーズが好きだなあ。

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西風号の遭難

西風号の遭難 クリス ヴァン・オールズバーグ

本屋でオールズバーグの「ハリス・バーディックの謎」を立ち読みして一目惚れ。 最初に出た本ということで、この本を購入。 絵が、実にいい。話はファンタジーっぽいんだけど、昔話風とでもいうのか、すんなり読めてしまう。

心臓を貫かれて

心臓を貫かれて マイケル・ギルモア

死刑に処されることを望む殺人犯を兄に持つ弟が自らの家系を辿りその暴力の根源は何処にあるのか丹念に紐解いていく、そこで目にしたものは耐え難い暴力の連鎖といるとしか思えないゴーストとそれに連なる呪われた血であった。 「本当のことを言えば、僕は両親に対して批判がましいことを言っているわけではまったくないのだ。彼らのどちらに対しても、憎しみや苦い思いを露ほども持ってはいない。本当は持つべきなのかもしれないのだけれど。僕は両親を愛しているし、最近特に彼らのことを心から懐かしく思う。しかし自分の家族について思いをめぐらすにつけて、そこに何かしらアイロニカルなものがあることを僕は気付かないわけにはいかなかった。より良き世界においては、僕の両親は出会うこともなかっただろう。なぜならそこではこんな話は存在しなかったはずだからだ。より良き世界においては、僕の両親は出会うこともなかっただろう。少なくとも彼らは結婚して、家族をもうけたりはしなかっただろう。つまりより良き世界においては、僕はこの世に生まれてこなかっただろう。」抗いがたい呪われた血という運命を前に諦念をもちつつもまだそこに家族としての幻想を抱くこの場面が痛々しくも愛おしい。

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プレイバック

プレイバック レイモンド・チャンドラー

村上春樹のチャンドラー長編翻訳シリーズ、残る二作品中から先に訳されたのがこっちだったのがちょっと驚き。 チャンドラーは大好きな作家で長編は昔からなん度も読み返している。彼の作品ははっきり言ってしまうとミステリとしては三流で特にプロットが怪しく、謎もアクションも大したことがない。では何にひきつけられるかというと、主人公フィリップ・マーロウの生きざま、とか流儀、会話の妙とかそういうところと、たまにはさまれる実にチャンドラーにしかできないような表現やフレーズ、というところだろうか。 その意味でこの作品はマーロウがマーロウらしくなくミステリとしても謎の解明があまりにもひどく、ということで一番再読率が低かったのだ。残念ながらというか当然というか春樹さんの訳でもその辺の印象は変わらなかった。というかむしろ無駄なシーンや無駄なセリフが多いへんてこな作品、というイメージが深まったかも知れない。一番の興味は「男は強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない」というチャンドラーの一番有名なフレーズ〜角川が昔宣伝に使ったから日本でだけ有名らしい〜をどう訳すのか、ということだったが、こう来たか、という感じだった。くさしてるみたいだけどやっぱり好きな作家だし、本作もまた機会があったら再読するだろう。そして最後に残ったのがミステリとして一番まともかもしれないあれか、というのも興味深い。早く刊行されないかと楽しみでならない。

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さよならバードランド―あるジャズ・ミュージシャンの回想

さよならバードランド―あるジャズ・ミュージシャンの回想 ビル・クロウ

大立回りの千両役者、という人ではないが、暖かみのある演奏で長くジャズの一線で活躍されてきたあるベーシストの回顧録です。まずはその記憶の鮮明さに驚きます。そして、共演してきたプレイヤーたちの顔ぶれの豪華さにまた仰天しました。さらにそんな彼らの裏話から当時のジャズミュージシャンたちの生活事情まで、広範かつ貴重な逸話が盛り沢山の内容です。

バット・ビューティフル

バット・ビューティフル ジェフ・ダイヤー

自分的には村上春樹さんは「海辺のカフカ」くらいまでで、それ以降の作品にあまり興味が持てない。 むしろ翻訳家として彼が訳している作品に興味があり、彼が訳している、という理由でいろいろな欧米の作家を知ることができている。 これも村上春樹訳でなければ読まなかったであろう作品。 こういうのってどういうジャンルなのだろう。 ジャズ・ミュージシャンの事実を踏まえたフィクション。 取り上げられているのが、ミンガスだったり、レスター・ヤング、チェト・ベイカー、アート・ペパー(チェットとペッパーだと思うが敢えてそのように表記されている。)のまぁ、全く明るく無い話。 レスター・ヤングが兵役で黒人いじめにあって精神を病んだとか、チェット・ベイカーが麻薬の借金で歯を折られたとかとか、事実を元に短い短編が描かれている。 アート・ペッパーの章「おれ以外のいったい誰が、このようにブルーズを吹けるだろう?」というタイトルをかっつこいい! と思い、ジャズをそれなりに聞いたことのある人には面白い本でしょう。

バビロンに帰る―ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック〈2〉

バビロンに帰る―ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック〈2〉 フランシス・スコット フィッツジェラルド

一度犯した過ちは取り返しがつかないことを、悲しみの中で切々と感じている人には痛切に響く作品。フィッツジェラルドには良い短編が多いが、表題の「バビロンに帰る」はかなりの佳作。何度も読み返したくなる。

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