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渡辺洋介

神田村経由専門書版元

神田村経由専門書版元

202

コメントした本

日本昭和トンデモ児童書大全

40代以上の大人ならかつて子供の時に読んだことがあるであろう現在のコンプライアンスであれば確実に引っかかる胡散臭い児童書の数々を1冊で読めるのはありがたい。確かに興味はあるけど古書市場でプレミア価格がついたこれら児童書を手に入れるのはチョットと二の足を踏んでしまうので良い企画!P.34とP.35で書誌画像がかぶっているけど、これ編集大変そうですね。 悪夢のようなダイレクトな未来像にはならなかったけど ソフトなディストピアと化した2018年ニッポンでこれを読むと味わい深い。

7日前

自転車泥棒

自転車を巡る台湾近代史とも言うべきかそこに家族の物語、戦争の記憶、動物たちそしてマレー半島と話は広がっていくが全てが複雑に絡み合っている著者の手腕にうならされる。ゾウが奏でる音階とこの世ではないどこかが印象深い。 「次の日、太陽が出ると、億万の微塵と花粉一ミリに満たぬ小さな昆虫が四方へ八方へと飛散し、世界は混濁した。兵士は大きな穴を掘り、長老ゾウを埋めた。このとき、いちばん前に並んでいたメスの象が低く、でも透き通った音階を奏で、リフレインした。音は階段をひとつひとつ上っていくように高まり、ピークに達して、しばし休止すると、今度は下へとひとフレーズひとフレーズ下りていき沈黙へ返った。それを三度繰り返したところで、二度目のゾウが加わった。ふたつの音像は、互いにエコーしあい、さらに三頭目、四頭目の唱和を誘った…ユニゾンでもなくハーモニーでもなく、ただそれぞれの悲しみが即興的にあふれるままの鳴き声だった。そして、同時に、お互いを慰め合うスキンシップのようだった。ゾウたちがそろって、額にある鼻道と頭骨のあいだをかすかに脈動させ、空気へ発した音は、それ自身に意思があるように兵士の体のなかへ潜り込んで膨張していき、彼らに苦しさと恐れと虚しさを伝えた。十数分後、音は停まっていた。リード役だったゾウは足を前へ踏み出し、兵士たちはその時初めて、自分たちが泣いていることに気づいた。その涙にはなんの意図もなく、だから涙を流したあと彼らはかつて経験したことのない、静けさと清らかさを感じた。」P.344~345, 訳者の天野健太郎さんのご冥福をお祈りいたします。

21日前

秘蔵カラー写真で味わう60年前の東京・日本

昭和30年代から日本の鉄道風景をカラー写真で記録している著者は国鉄顧問から90歳を過ぎた今もJR東日本国際事業本部顧問を務めるという鉄道が本業で写真は趣味というから驚く。以前JTBパブリッシングから出版された素晴らしい写真集は予算上泣く泣く見送ったが新書でこの値段でまた出会えるとは!ノスタルジーというより過去を踏まえたうえで「いま、ここ」を知る為に。

約1か月前

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鎌倉&三浦半島 山から海へ30コース

最近ここら辺にハマっているのでしっかりした情報を手に入れねばと類書3点を比較検討した結果こちらを選択。それ以外だと山渓分県登山もいいけど神奈川西部は使わないから不要(いい本ですが)。現在はこの本と2.5万分の1地形図を活用。綴じ込みで大縮尺の地図があると尚よい。というのも 1万分の1地形図「鎌倉」と「逗子」はもう絶版になっているので 現存する詳細な地図は存在しないのである。GoogleMapsをマックスで拡大するぐらいか(画面の大きさには限界あり)もしくはメッシュ系の大縮尺地図帳といっても、物体としての大きさと重さを考えると持っていくわけにもいかないし。なので俯瞰でみられる1枚物の地図はこういう時便利なのだ。 ガイドブック綴じ込みでこれぐらいの縮尺があると需要はあると思うけど。

約2か月前

きみの鳥はうたえる

佐藤泰志作品は一見、重く暗いと捉えがちであるが(もちろんその側面もあるが)「言い終わらないうちに、左の奴に脇腹を蹴られて、思わずうめき声をあげた。体勢をたてなおそうとすると、もうひとり男の腕が斜めからでてきた。あやうく顔をそらした。こぶしが耳にあたって、切れたように痛んだ。そらした顔に別のこぶしが当たった。よろめいて地面に手をつくと背骨を思い切り蹴られた。続いて、めくらめっぽうに脇腹を蹴りあげられて、腹が熱くなり、胃液がこみあげてきた」素手喧嘩の流儀をわかっているというか実は躍動感あふれるリアルな暴力性が魅力でもあったりする。 8月に映画が公開になったが下記はその感想 「延々と流れるクラブと夜遊びのシーンのように若さと3人の関係はいつまでも続くと思われたが、突然にそして静かにその終わりを迎える。しかし終わりがあるからこそ始まることができるのだ。ハセガワストア、鈍色に光る市電のレール、佐知子の上げた髪。」 良い映画を見た。

3か月前

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暗黒日記―1942‐1945

著者の清沢洌 は外交評論家であり東洋経済新報社顧問であった。本書は言論思想の自由が獲得されたときに、戦争時期の日本政治と戦争政策、外交政策への批判的検討の材料を意識的に集積した内容となっている。ちなみに清沢洌 は敗戦を知ることなく1945年5月に肺炎がもとで急逝している。 本書が書かれた戦時下日本の状況と現在を照らし合わせると少なからず重なり合う場面があることに驚く 1943年8月17日 「各大学、専門学校生徒は、休暇奉還と称して労苦に服す。そのために犠牲者続出。左はその一例なり。科学的ならざる「錬成」を知るに足る。『病躯、炎天下の作業 一高生遂に倒る。貫く勤労即戦場の精神』 1944年7月28日「今回の戦争で生命を喪ったものの数は意外に多いらしい。まだその損害数を一回も発表しておらず、ただ米国側の発表を嘲笑しているだけだ。おそらく最後まで戦争の真実を知らせぬであろう。」 1944年11月4日 「神風特攻隊が、当局その他から大いに奨励されている。ガスリンを知るに片方しかもっていかないのらしい。つまり、人生二十何年を「体当たり」するために生きてきたわけだ。人命の粗末な使用ぶりも極まれり。しかもこうして死んでいくのは立派な青年だけなのだ。」 日本スゴイも若者の搾取も全く70年前と変わらず。こうしてオリンピックという無用な国家イベントの為にまた歴史は繰り返されるのだろうな。

4か月前

思考としてのランドスケープ 地上学への誘い ―歩くこと、見つけること、育てること

「風景」や「景観」とも訳されるランドスケープへの新しい視点を気づかせてくれる。「里山セット」、「フィルタリング」されざるを得ない地図 内部を流動化するための外部の武骨化、どれもなるほどと膝を打つ。 「里山セット」とも呼べる「浅間山古墳」の農地利用、墳丘の周りは水田、墳丘段上の前方部は段畑、後円部は薪炭林という地形の読み取り方というかこれは地形のブリコラージュとでも言うべきかそれが古墳の形状を1500年も維持させるという制度を超えた人間の営みのしぶとさが面白い。 「無骨な躯体が内部のツルツルな滑らかさを支えるという構造は、道路や鉄道をはじめ、排水溝や水道管や銃まで、なにかを素早く『流す』ためのさまざまな施設や器具に見られる。外部の構造体は頑なに無骨であることによって、内側の流れの状態をよくすること、つまり『流れてきたものが速やかに流れ去ること』を支えている。また、そのように頑なであることによって、外側の構造体は滑らかな内部と周囲の環境とを隔絶している。内側と外側、それぞれにあるものの様態に注目するなら、この隔絶によって分けられているのは、ものが動くスピードである。滑らかな内部は、滑らかであることでそこに『流れる』ものの速度と量を調整している。この隔絶はまた、内部を流れるものが外部環境を巻き込むことを防いでいるとみなすこともできる。高速道路の自動車たちも排水溝を流れる水も、そこに閉じ込められることによって周囲の土地への影響をなくしている」P.168

4か月前

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ロンリネス

「ハピネス」の続編。夫と娘一人の有紗が住む21世紀の団地ことタワマンを舞台に前作とは違って団地妻もといタワマンママの水面下での足の蹴り合い及びマウントの奪い合いから、今作は思いもよらぬ男性との出会いそこからの発展と個人的な領域に踏み込んでいる。 舞台となる湾岸にある52階建てのタワマンは世間があこがれるイメージとは裏腹に「再びごみの袋を提げて、長い開放廊下を端にあるゴミ集積所まで歩いた」P.6「ゴミを捨てた後、エレベータを待ちながら有紗はつい先ほどの会話を反芻して首を振る」P.12とあるようにどうもこのタワマンはゴミ置き場が各階に無いらしくそれが一層の団地感を醸し出している。わりと低価格帯なのかもしれない。 高い管理費と修繕積立金、それを入居前に計算できず負担に耐えられずなのか新婚時の思い出づくりなのかわからないが入れ替わり立替わりで猫の目のようにくるくる変わる若い住民及びそれに伴う長期居住者との断絶、なかなか出てこない機械式駐車場、海っぺりの吹きっさらしが更に加速させる強烈なビル風(一部作中には登場しない表現あり)どうでもいいマウントの取り合い、そこにどう向きあっていくのか物語の後半に結論らしきものは出るのだが。なぜ人はタワマンに惹かれるのか?奥様それでもタワマンに住みますか? またこの物語のもう一人の主役ともいえるタワマンの亜周辺にいる「公園要員」の江東区の土屋アンナこと美雨ママが小気味良いフックを繰り出していく。「わかるよ、とってもよくわかる。何度も言うけど、あたしは別に不倫しろと言いたいんじゃないの。結果として不倫という言葉が付いてくるけど、仕方がない時もあるんだよ。大人なんだからさ。それを有紗だけにはわかってほしくて、言ってるの」P.142 「常套手段だよ。女が逃げようとすると捕まえて、女がマジになると腰が退ける」P.408 そして有紗が得る「旅」という視点、そこから至る結論というか発想に行き場のなさからの解放を感じた。 「さっきね、あなたともう会わないと決めたときに、旅をやめて帰ろうかとふと思ったの。で旅という発想にちょっと驚いていろいろ考えていたのよね。そしたら、あなたからのメールがきて旅の魅力に負けたのよ。旅って あなたと付き合うことよ。だけど、旅だから、いつか帰るのかなとも思った。家に帰るんじゃなくて、自分自身に帰るのかしらとかね。そしたら、家族とか責任とか倫理とか あまり人に縛られて生きることはないかもしれないと思えて」p.414 それが「恋愛」という一時的な二人の共同幻想だとしても 誰の為でもない「自分自身」という気づきこそが解放感の故なのだろう。 全くの余談だけど作中にも登場する「ららぽーと豊洲」にある書店の開店準備である棚詰めを10年以上前に手伝ったことがあり館内に謎の遊園地的な施設が全くの予想付かずだった為、作業中のとっても忙しいところを勝手にお邪魔してどういった施設か質問したところ「こども向けの就業体験施設」との回答を得た。それが「キッザニア」だった。あの当時のキッザニア職員の方大変お忙しいところどうもありがとうございました。 あの時はお邪魔してすいませんでした。

5か月前

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ライト マイ ファイア

「よど号」ハイジャック実行犯に公安がいた!その謎をめぐって過去と現在が交錯する設定の妙もさることながら現在から考えると無駄に熱い当時の雰囲気を追体験した。 数ある登場人物の中でもそこまで登場することもないが重要なカギを握る上昇志向の強い地方出身者で最終的に東京に飲み込まれ時代に取り残された石山が何故か印象深い。 同著者の「横浜1963」でも登場した打越、山元町と当時のハマの風景を思い浮かべる町小説としてもおもしろい。 おそらくフェリス女学院の場所が架空の雄志院大学のキャンパスなのだろう。そして震災復興建築のデザインを色濃く残すえんじ色が印象の打越橋を渡るときは前後に注意せねばと思った次第。表紙に教育大全共闘の旗。

5か月前

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そろそろ左派はを語ろう――レフト3.0の政治経済学

北田 「左派が経済的下部構造を軽視するあまり、人びとを「リベラルな価値」から遠ざけてしまった。というのは、いま世界中で起きている出来事ですよね。だから左派は就職のことを心配して自民党に投票した学生に対してお説教をしている場合ではない。」 ブレディ 「そういう「ご飯を食べたい」という民衆の本当に普通の願いを、当たり前の願いを拒否したり侮蔑したりしていて、左派は信頼を得られない。」P.216 教条主義では取り残される。

5か月前

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書店に恋して: リブロ池袋本店とわたし

リブロ池袋店閉店時の店長によるリブロ史、リブロ本は数多く出ているのだが、著者は元々書店畑ではなく百貨店からの入社なので経営に対しての冷静な視線が面白い。 東京時代の20年間は池袋店の新刊台?入口壁面のあの場所が大変参考になり、今の出版状況を一目で把握できるありがたい場所だった。

7日前

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台湾生まれ 日本語育ち

「母語」と「国語」の複雑な関係性、著者は始めは嫌悪していた台湾語、中国語、日本語が混ざり合う母親の「ママ語」からそのすべての言語が「母語」であると「発見」する、為政者の都合により変化する言語、その中で生きるとはそういう事なのだろう。 「そもそも中国語と台湾語と日本語とひとつづつ数える必要はないのかもしれない。三つの母語がある、というよりもひとつの母語の中に三つの言語が響きあっている、としたほうが自分の言語的現実をぴたりと言い表せるのではないか。考えてみればわたしは、中国語や台湾語を外国語として、というよりは、自分のニホンゴの一部のように感じている。わたしはもう、母たちの声を「和訳」しない。むしろ、記憶に向かって耳を凝らし、日本語として発せられたのではない音をたぐりよせる。」P.244 白水社Uブックスによる増補版。

29日前

硝子の葦

霧に包まれた北の大地の湿った質感と夏の朝の冷たさ、男女の織り成すまぐわいの匂い。「どこまでも逃げてくれ」そう願わずにはいられない。

約2か月前

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工場

阿部公房、カフカ的な不条理世界にシムシティの書き割り感、平行世界に存在しそうな不気味?な生物はスティーブンキングのホラーだろうか?何より怖いのは語り手である牛山佳子の自意識と他者の認識との乖離。ミザリーの看護師アニーを思い出す。 単行本刊行時から気にはなっていたのだが、なぜか読まずじまいのまま文庫化を機にようやく。これは読んでおくべきだった。

2か月前

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公園へ行かないか? 火曜日に

「そして日本語が話せない毎日の中で自分が話したいと思うのは、話したいと体の奥から湧き出てくるのも、いつも大阪の言葉だった。」P.268、この自分のアイデンティティを認識する、視界がスッと晴れたような腑に落ちる感覚の心地よさ。 アーミッシュの村を訪れた後遠く離れたロンドンで回想する『とうもろこし畑の七面鳥』散文詩的な「どこまでも続くとうもろこし畑、緑色と枯草色。地平線。密度の薄い空間。途方もない空気の量。人間の気配のない、広大な土地。」P.85、アメリカンの質感にグッとくる

3か月前

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真説・佐山サトル タイガーマスクと呼ばれた男

タイガーマスクとして一世を風靡したプロレスラーであり現在のMMA(総合格闘技)の礎を築いた佐山聡。系統的に言えば自分は佐山先生の孫弟子になるのだが、プロレス引退から総合格闘技「修斗」創設その「修斗」との決別に至る経緯は不明な点も数多くあるだけにその時代に多くを割いた本書は「いま、ここ」を知るにあたって貴重な一冊となった。 佐山聡に強く感じるその悲劇性とは ①プロレスラーとして天才であった ②総合格闘技を競技化しようとしたが天才由に時代の先を行き過ぎ理解されなかった ③そのコンセプトだけを換骨奪胎した疑似格闘技が登場 し社会現象までなってしまった ④発明者であったが経営者でなかった。 総合格闘技が全くない状態から競技化を推し進め一から作り出した、先人の努力にはここからの敬意を表する。オープンフィンガーグローブの特許を取っていれば今頃は・・・、修斗との決別にここまで触れたというか可視化されたのは初めてでは?もちろん真相は藪の中というか羅生門なのだが。 「第15章 修斗との決別」忘れたい過去であってもしっかり向き合う中井祐樹先生の「ぼくらはもう限界みたいな感じでした。全てを変えなきゃいけない時期に来ていた。新しい時代に行かなきゃいけないと思っていた。あのときぼくは若気の至りだったのですが、(佐山を)外すべきだと頑なになっていました。今でもとんでもないことをしたと思っています。だけど後悔はしていない。あのときはそうすべきだと考えていたからです。 ただ自分は先生を外すことに賛成した。それは言い続けなくてはならないと思っています」p.483 という覚悟にグッと来た。こうあるべき大人の姿勢を見習わねばと思うと同時に「いま、ここ」と立ち位置を確認した。

4か月前

『砂の器』と『日本沈没』 70年代日本の超大作映画

加藤剛氏と橋本忍氏が続いてお亡くなりになったので再読、「砂の器」の涙腺崩壊システムをロジカルに解説。と言っても再上映があれば見てしまうしすっかりこの映画の虜。読んで見てまた読んでの幸福。時代の熱さというべきか。 「砂の器」はその強引な涙腺崩壊システムや国鉄の「ディスカバージャパン」的な古き良き日本の風景を旅するロードムービーの魅力はもちろんだけど、旧サンカマタビルや呑川と国電時代の水色の103系や路面店時代の内外地図で5万分の1地形図を買い求めるシーンとか時代の切り取りも魅力。その松江、高梁地域の5万分の1地形図を買い求める求めるシーンで店員さんの読み上げが飛んでいるけどある程度絞って買ったんだろうな。「米子」松江12「松江」松江16「横田」高梁13。当時は5万分の1が主流だったのか。小縮尺で俯瞰でみられるのは利点。 元売捌も2社になったけどこれからも頑張ってください! 書店員さんに地形図の番号の仕組みを教えるお仕事。

5か月前

未解決事件 グリコ・森永事件 捜査員300人の証言

NHKスペシャルとして放映された「何故、かい人21面相を逮捕できなかったのか」その原因を当時の捜査員と共に探っていったこの番組は放映当時新たに判明された新事実にこの事件を追ってきたというほどでもないが興味を持ち続けてたものとして驚愕した。そして書籍化されたものを文庫化。文庫化にあたって加筆等は無いのが悔やまれる。事件当時、森永の1,000円パックに喜んでいた子どもからすっかり大人になってしまった身としてはキツネ目の男に職質をかけるかどうか?組織、現場どちらの対応もわかるだけに悩ましい。 事件の主な舞台となったのは先月大きな地震のあった北摂地域、その都心でもなく地方でもない独特の風景が印象に残る。 赤軍とグリコ・森永事件については何年かに一度は本が出るけどついつい読んでしまう弱点。「罪の声」再読しようかな。

5か月前

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読書の日記

学会準備及び書店廻り終了。帰宅路の新幹線にて「読書の日記」阿久津隆著NUMABOOKS、本の案内をしながら買ってしまうというよくわからないループ。いまは「八月の光」あたり、翌日仕事なのでアルコールはないがすこぶる好調。 と書いた半月前。現在進行形で気の向いたときにパラパラとめくる。 例えば本日7月8日の日記 「寝る前に酒を飲みながらウルフを読んでいたら『幸福』という気持ちになった。ウルフは相変わらずあれこれに一喜一憂していて、その様子を見ていたらというか、ただ読んでいたらなんでだかとても満たされた気持ちになって、同時に、『こんなに働いたらやっぱりダメだ。こういう時間をもっととれるようにならないといけない。明日店に行ったらまずは皮算用だ。Excelだ』と思った」P.831 思わずクスっと笑う至福の時間だ。

5か月前

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はじめての沖縄

学会無事終了後帰宅路の新幹線にて久しぶりのよりみちパン!セシリーズ。計らずも慰霊の日と重なる。何も出来る事はないが、その歴史の記憶を忘れずに留める。 過去の一瞬が七十年の時間を経て再び交差する瞬間に 出会うこの場面に長い人生の重みを感じる。 「どの経験も、どの物語も、すべて沖縄である。聞き取りの目標を百名にして、いまこの文章を書いている現在、四十名ほどの方から聞き取りをしているが、そのなかで数名の方が、共通して『空襲のとき、那覇港の石油タンクが燃えて、その光がここまで届いた』という話を語っていた。小禄のほうまで、あるいはもっと遠く、首里のほうまでその光が見えたという。この語りは県史などのほかの資料でも語られている。おそらく当時の那覇周辺の人びとの多くが目にした光景なのだろう。あのとき膨大な人々がほんの一瞬だけ、同じ音を聞き、同じ方向を向いて、同じ火を見たのだ。だが、その瞬間はすぐに過ぎ去り、違う人生が再び始まる。語り手の方々はみな、筆舌に尽くしがたい苦労を経て、それぞれの道を歩んだ。その道は、沖縄中、あるいは日本中・世界中に分岐し、枝分かれして、そのほとんどは二度と交差することがなかった。語り手の方々が語る人生の物語は、まさに沖縄戦後史そのものである。戦争が終わり、戦後復興期もやがて過ぎ、高度経済成長と復帰運動の時代になり、そして復帰後の不景気を乗り越え、バブルを経て、現在の沖縄へと連なる、個人史の長い物語が語られるのだ。あの火を目撃した人びとは、その後のそれぞれの人生の中で、公設市場の八百屋になり、県庁の公務員になり、タクシードライバーになり、本土に出稼ぎに出かけ、琉球大学を卒業して教員になって、それぞれの長い人生を歩んでいく。そして私は、そうした人生の物語に、小さな公民館で、国際通りのカフェで、あるいはご自宅で、ゆっくりと数時間、耳を傾ける。あの瞬間に一瞬だけ同じ火を共に眺めた人びとが、それぞれの長い人生の軌跡を経て、たまたま私と出会い、あのときに見たあの火の話を語る。七十年という時間を経て、火の視線はもういちど交差する。」P.127~128

6か月前

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