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fuku

設計事務所勤務ゴミリーマン/元クズ編集者

設計事務所勤務ゴミリーマン/元クズ編集者

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コメントした本

憂鬱な10か月

我輩は胎児である。徹頭徹尾、母の胎内に蟠る胎児が延々とモノローグを語るさまは只者ではない。ソムリエみたいにワインの味わいをくどくどと評価し(飲んだこともいくせに)、世界情勢を気にかける。それもそのはず、なんと今時の胎児は母親が聞くポッドキャストやテレビから知識を吸収しているのだそうだ。IT化恐るべし。 しかしこの胎児は生まれる前からとんでもなく大変な目に遭っている。零落しつつあるとはいえ英国、極東の独裁国家ではなくなんとかヨーロッパに生まれ出ることまでは良かったものの、しがない詩人の父はすでに捨てられ、その弟との不倫に耽る母は胎児に気を使いつつも酒が止められない有様(そして臍の緒を通ってくる血流で胎児くんはワインを味わう)。 そんな中で父を亡き者にしようとする陰謀が。果たして胎児くんの運命やいかに。 黒々としたユーモアがイギリスらしいけれど、どうもそれだけではなくてこの小説はハムレットの本歌取りらしい。それを知ってるだけでも楽しさは倍増したかもしれない。

2か月前

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ギデオン・マック牧師の数奇な生涯

スコットランドの田舎町の牧師が失踪するが、その牧師はかつて誰も助かったことがない洞窟で遭難して3日後に奇跡の生還を果たして話題となった人物。失踪後に残されていた手記には、牧師にあるまじき行為が赤裸に綴られていた、というストーリーはほとんど手記で占められているけれど、狂言回し的な存在の出版社社長が語る手記発見のプロローグと、手記の存在を知らせた旧友のライターによる登場人物への取材記事の体裁を取ったエピローグによる枠物語になっている。この枠物語がまた曲者で、手記で語られていることが必ずしも取材の結果と一致しないために誰の言ってることが正しいのかがわからなくなる。そもそもこんな形で手記をわざわざ残すあたり、虚栄心も自己韜晦も大いにあるわけだけど、残された人物もどうなってるのか。悪魔の存在、そして牧師を試すために悪魔が出現させたという巨石。本人しか見てないのか、それとも。 ただスコットランドに詳しいともっと楽しめる要素んだろうなあ。これは読者の問題。

2か月前

エロスの庭―愛の園の文化史

梅雨の季節だと特に、雨の合間の晴れ間にどこかの庭園に出かけるのはよい気晴らしになるけれども、さわやかなお庭が実は古来から男女の営みの楽園であったとは日本では思いもよらない話であった。 ギリシャ、ローマの遺跡に表れる奔放な性表現に始まり、ヨーロッパの庭園を通底するプリアポスやパンと言った淫蕩な神々をモチーフにしたエロスとの関わりの豊穣さは、穏やかな田園風景の中に密かに埋め込まれていた。澁澤龍彦が触れたボマルツォの庭園からヴェルサイユなど、数多の庭園には男女の逢瀬や愛の営みのための場がそこかしこにあったというわけだけれど、庭園が人間が自然と関係する場であるなら、その中で人間同士が出会い、自然な関係を営むのはごく当然といえば当然なのかもしれない。 そうした中でも、デッサウ=ヴェルリッツ庭園王国の分析は圧巻。世界遺産にもなった風光明媚な庭園を、アプレイウスの『黄金のロバ』を手掛かりにエロス的観点から分析しなおす様は読んでてわくわくさせられる。 本書で触れられているのは主としてヨーロッパの庭園で、日本のことは触れられてないけど、思えば日本だって上野の公園でなんかしたりとかそういうのがあるし、三島由紀夫の『禁色』にもそんなシーンがあったはず。あれはハッテン場だったけど。

3か月前

天界の眼: 切れ者キューゲルの冒険

歳を食って元気がない太陽が照らす遠い遠い未来の地球。科学が力を失って、魔術が復権した世界の中、とある町にある高名な魔法使いの屋敷に忍び込んだ切れ者キューゲルの運命やいかに。 切れ者とは名ばかり、完全なる自称なんだけど、名乗りというのは便利なもので、名乗りさえしたらばオイラも今日から芸術家ってなわけで、切れ者キューゲルは腹の中にいらざる相棒を抱えながらグダグダな冒険を繰り広げるのであった。意地汚くて小狡いまったく共感できない小物感満載の主人公でありながら、奇想だらけのあれこれに翻弄されるのがなかなかに痛々しくもあり、可愛げもないのにこれまた可愛らしくもある。最後のオチは言わぬが花かとは思うが、同情しつつも笑ってしまった。作者ヒドス。

4か月前

イタリアの鼻 - ルネサンスを拓いた傭兵隊長フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ

ピエロ・デッラ・フランチェスコによる特徴的な鼻が際立つ横顔の肖像画で知られる傭兵隊長にして小都市ウルビーノの領主フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロの生涯からルネサンスの世界を描く。ヤーコプ・ブルクハルトが賞賛した、文化・芸術を保護してウルビーノを一流の都市に育てあげた英明な君主像は果たしてどこまで実像に沿っていたのか。弟殺しや戦争に負けたことがないとされる戦績、あるいはライバルのマラテスタ家没落の真相など、ブルクハルトの評価に隠れていた真実を明るみに出しながらも、豪華絢爛な宮殿、また当代随一の蔵書など、フェデリーコの文化的センスや知識を紹介していく。非常に読み応えがあった。 そういえば、あの名高い鼻は、鼻梁が視野を邪魔して死角が生じて傭兵隊長としては不便なので手術したという風にどこかで読んだ記憶があったけどそうじゃなかったのね…。にしても、目を槍で貫かれても軽口を叩く胆力には驚嘆。

4か月前

反共感論―社会はいかに判断を誤るか

私こんなに悲しいの!私こんなに大変なの!私こんなに辛いの!ねえねえ共感して! ってな同調圧力話が多い昨今ではあるが、そんなものは害悪であると喝破する本が出た。それが本書。全米でも大いに物議を醸したらしい。 しかし。書いてあることは一部疑問に思うところもあるが、ごくごくまとも(だと思うけどそう思わない人もいるだろう)。著者は共感なるものを論理的共感と情動的共感とに区別し、脳科学や哲学などの成果を活用しながら、情動的共感はしばしば近視眼的思考に陥り、本質を見誤ることを指摘する。例えば身近な人の苦しみには大いに影響されるものの、遠くの多数の他人の苦境に対しては、それがどれほど大変なものであってもほとんど共感を抱くことがない、あるいはなんらかの対策によって防がれた悲劇は、起こらなかったというメリットゆえにこそ却って共感を呼ばないとか。例えば日本でもある子宮頚がんワクチンの問題。もちろん副作用が出た患者や家族の苦しみや悲しみは察するに余りあるとしても、疫学的に有用であることがわかっているワクチンの中止を声高に叫ぶことは果たして正しいことなのか。アンタは子宮頚がんになんない男だから気楽なこと言ってんのよ!とか言われそうだけどさ。

5か月前

疫病と世界史 上

かの有名なジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』のネタ本の1つとされる名著。たしかに一読そう感じられる。 ピサロやコルテスがラテンアメリカをたやすく征服できたのは、優れたテクノロジーなどもそうだけれど、天然痘をはじめとする旧世界の疾病にやられたからであるとか、ペストやコレラなどの疾病が世界史に与えた影響をグローバルな視点から詳細に指摘している。信頼に足る文献や考古資料の欠落はいかんともしがたいとしても、技術の進展の度合いや文化的な差異からだけではスッキリと説明がつかない文明間の消長が腑に落ちる形で明らかになってくるのにはとても興奮させられる。 皇帝までが斃れ、瞬く間に人口を失ってしまえば、免疫を持たない天然痘によるものという知識のない中では、そうした惨禍が神から下された天罰であると思い込むことは無理もないし、さらに征服者たちはなぜか天罰から逃れているように見えるわけだから、どれだけ強大な帝国であっても、抵抗への気力は削がれるに違いない。

7か月前

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例外時代

第二次世界大戦以降、1970年代前半まで続き、オイルショックで収束した世界的な好景気のような高度成長経済は果たしてまた訪れることはあるのか。それとも、そうした好景気はたまたまのことで、もはや望むべくもないのか。 筆者は好景気の時代こそが例外であり、低成長が本来の姿であることを、おおよそ70年代後半からの経済停滞に世界各国がどう対処し、良きにつけ悪きにつけどのような成果を出したのか、さまざまな人と政策をつぶさに紹介しながら例証していく。 福祉を重視する大きな政府から自己責任が求められる小さな政府への移行(例えばアメリカ)、反対に民間企業を国有化する政策(これは同時期のフランス)、様々な国が様々な方法であの黄金時代を取り戻そうとするが、どの国もそれを果たせない。揺るがぬ信念を持つ政治家、確たる理論で武装した経済学者たちはどの国にもいつもいた。うん、いるにはいたんだ、いるには。けれど、そうした信念も理論も大した役には立たなかったってことだけは明らかだった。経済成長なんてこんなもんなんだなーという諦念のような認識から何を考えていかなきゃなんないのか。これまでの暮らし方とか、そういうことも含めて。

7か月前

動きの悪魔

鉄道にまつわる幻想短篇集。廃線を憑かれたように保守し続ける元駅員、衝突事故を請い願う車掌、停車することに抵抗する運転士、コンパートメントに乗り込むことで生を実感する男など、鉄道に取り憑かれた主人公たちの物語は、怖いというよりも、ポーランドの仄暗い鉛色の冬空のようなイメージの中、古めかしい客車のコンパートメントや打ち捨てられた廃線の線路、疾駆する真っ黒な蒸気機関車など、映画なんかでしか見たことがないのに、なぜかノスタルジーを感じるものたちと呼応して、モノトーンめいた暗さの中にあるのに、かそけき様子ではありながらもそれぞれが光を放っているような色彩のきらびやかさ、トーンこそ違えど、稲垣足穂にも通じるような色彩感覚が感じられた。

8か月前

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愛と狂瀾のメリークリスマス なぜ異教徒の祭典が日本化したのか

クリスマスといえば恋人はサンタクロースというような歌が巷で流れてるのを苦々しく聴いてた世代ではあるが、クリスマスが明治時代からすでにあんな狂瀾状態にあったなんてことは知らなかった。というかそもそもクリスマスなんてものは戦後のクサレ風習だと思っていたが、そんな先入観が鮮やかに覆される。 しかし、戦前のクリスマスの狂瀾は戦後には完全に忘れ去られてしまった。ネガティブな言論統制の裏にはポジティブな言論統制も見えないながらそこにあるのだという著者の指摘には深く頷かざるを得ない。 また、キリスト教と日本人は伝来の時点から外面だけの関係であったこと、つまり往時のキリスト教の征服欲をかつての日本の為政者たちは鋭く嗅ぎ当て、取り入れることを拒否したからではなかったかという考察、そしてそうした関係性が、軽佻浮薄な日本のクリスマスのありようのカギを握っているという考察なんかには鳥肌がたった。 もともとなんでもズンズン調べて書くサブカル風のライターだった著者だけに、軽い文体でさらりと書かれちゃいるが、指摘の鋭さはとんでもないもの。もっと重厚な研究書としても通じるんじゃないか。

8か月前

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シャーデンフロイデ: 人の不幸を喜ぶ私たちの闇

同期一番の出世頭が大口顧客を怒らせた! 人気タレントがセクハラ疑惑で降板? ああかわいそうに、でも少しだけ(そう、ほんとにほんの少しだけ!)笑みがこみ上げて来たりはしませんか、よくないことだと知りつつも。自分もそういう感情を抱いたことを白状せざるを得ないけど(それも頻繁にというのがまた救いがない)、そういう感情をドイツ語でシャーデンフロイデという。日本語だとネットでいうメシウマというところ。 人間社会に限らず、競争に満ち満ちているこの世においては、シャーデンフロイデは、競争の中で自分が相対的に優位に立ったことに対して人間が感じる快い感情であるらしい。しかし、そうした快感も、妬みを覆い隠すような形で正当化されてしまえば凄惨な犯罪へと容易に転化するという。例えば、ナチスのユダヤ人虐殺のような。にわかには信じ難いけれど、ユダヤ人は劣った存在などではなく、優秀であるからこそ排斥すべきであるという理屈は明らかに妬みから生まれたものだろう。 明日は我が身と思いながら、自戒の念を抱きながら読む本。

2か月前

人新世とは何か ―の思想史

いま地質学的年代区分として人新世という言葉が出てきているらしい。石油なんかを燃やしたり、プランテーションで本来の産地とは違うとこに単一的な作物を育てたりしている人間の活動が、地質学的に無視できないレベルにまで達していることから提唱されたという。例えば核実験が行われるまで存在しなかったプルトニウムや海洋に漂うマイクロプラスチックなんかは確実に後世の地層に人間の痕跡を残していくわけで。おー人間すげえ。とか言ってる場合ではなく、数千万年、数十億年もの時間をかけて形成されてきた環境をわずか数百年で後戻りできないほどに変化させることの意味を振り返る必要がある。 ターム自体の提唱は最近のことだとしても、人新世という用語が唱えられるまで、我々はこうした事態について何も知らなかったのか、また何もして来なかったのか? それを問いなおすのが本書。先人たちは自分たち人間の活動に無知でもナイーブではなかった。科学者は危惧を表明したし(シャルル・フーリエはやはりすごかった、アルシブラ万歳)、農民たちは反対運動を行った。が、それらは脱抑制されてしまった。政治や産業、あるいは時代の要請に。 はっきり言ってこの本が描く現状は暗すぎるほど暗い。シンギュラリティとかAIとか、そんなことさえ言ってらんない。コネクテッドカー? 何言ってんの。それらが拠って立つ基礎が、もはや取り返しがつかない状況にまで追い込まれているっていうのに。 でも、脱抑制から逃れて、一人一人が声を上げればまだ変えられるかもという希望も抱かせてくれはする。さあどうだか、と思いつつも、パンドラの匣の底を覗くしかないんだろうか。 しかし、ほんと青土社の本は校正が弱くて参ってしまう。誤植が本の価値を毀損するわけじゃないが、それにしてもさ…。

3か月前

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外の世界

誘拐された大富豪と誘拐犯、若き日の大富豪が巡り会う妻との恋、そして見えないものを感じながら自由奔放に生きる大富豪の娘、その娘に恋い焦がれるのちの誘拐犯と思しき男の子。 巧みに錯綜しながら進む物語は、コロンビアという、暴力が大手を振って歩いていた国、金持ちと貧乏人の間の格差があまりにも激しい国の事件ならではの、ヒリヒリするような焦燥感と疾走感に満ちていて冷や汗をかきながら読んだ。 誘拐犯には身代金を払わないという家族との取り決めなど、実際に起きた大富豪誘拐事件を参考に描いたものだそうだけど、哲学小説にも通じる思弁的な風味の大富豪と誘拐犯の対話、幻想文学を思わせる大富豪の娘イソルダのふるまいなど、味わい方もたくさん詰め込まれた小説。

3か月前

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B.C.1177

いまから3000年前、ギリシャや中東など地中海沿岸では複雑に入り組んだ国際関係が出来上がっていたのが、海の民と呼ばれる侵入者によって突然の終焉を迎えるのがタイトルになっている紀元前1177年。しかし海の民とはなんだったのかは未だ明らかでなく、より複合的な原因があったことを論ずる著者による綿密な調査研究が圧巻。 エジプトにヒッタイト、ミタンニ、ミュケナイ、バビロニアなど多数の国が交易や戦争などを通じて現代に通じるような国際関係を築いていたことには素直に驚かされた。例えば青銅器に必須の原料である錫が現代の原油のような極めて戦略的な資源となっていて、その需給バランスの崩れが入り組んだ国同士の関係に大きなインパクトを与えていたことなど、まさに歴史は繰り返すんだなと。 また、考古学の研究にも流行り廃りがあるというのもなかなか面白い。

4か月前

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動物になって生きてみた

動物、特に野生動物にとって世界はどんなものに映っているのかを描くのがいわゆるネイチャーライティングというそうだけども、本書はその極北にあるのかもしれない。人間中心主義や擬人化というよくあるネイチャーライティングの轍は踏まないという著者の決意というか宣言はたしかにかなりの程度実現している。アナグマのように寝そべってミミズを食ってみたり、タイトルどおりほんとに動物になりきって、なかなか狂った疾走感のある体験をしてらっしゃる。 そうした体験は、ふやけた動物愛護精神ではなく、まったくの異種の存在に対する畏敬があるからこそなのだろう。自分にできるかと言われたらムリムリとしか言えないが、本というものはそうしたムリムリを追体験できる貴重なツールであると改めて感じる。

4か月前

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疫病と世界史 下

下巻。モンゴル人が拓いた交易ルートは東西文化の混交をもたらしたが同時に疫病の混交ももたらすことになった。特に名高いのはネズミに付くノミが媒介するペスト。モンゴルの草原からヨーロッパに惨劇をもたらしたペストがどうやって消えて行ったのかを跡付けながら、齧歯類へのペスト菌の伝播と人間社会での流行との相関を明らかにしたり、そうした疾病との関係がどれほど人間の歴史に影響してきたのかを犀利に明らかにしている。 文献などによる明確な証拠に欠けており、推測に頼らざるを得ない部分が多いきらいがあるにしても、同著者の『戦争の世界史』同様に説得力があってなるほどとうなずかされることが多い。

6か月前

生き物を殺して食べる

自分たちが食べてる肉や魚はどんなところで育ち、どこでどんな風に処理されて口の前までやってきたのかは、最近ではトレーサビリティやらなんやらのおかげでなんとなくはわかるようになっては来たけれど、それはわかった気がするだけのことでしかないし、トレーに生産者の顔が描いてあっても、消費者としてなにか気持ちが大きく変わるってことでもない。だったらどうするか。また極端な、とも思えるけれど、著者は現場に足を運んで、自ら動物の命を絶ってみることを選んだ。 狩猟(著者はイギリスの人だから日本より多少はとっつきやすいという事情もあるはず)や釣り、車に轢かれて死んだ動物の採集(ロードキルっていうらしい。もちろん食える状態のものはありがたく…)、そして屠殺場の取材などを通じて魚食も含めた肉食の問題を考えていく。まあこの人もとからベジタリアンとかヴィーガン風味の人なんで、ちょっとバイアスかかってんじゃないかって部分も多々あるが、肉食には倫理が必要なのでは、という意見には賛成するしかないように思う。ただそれってある程度余裕のある人たちに限ったことで、食うや食わずの貧困層のほうがジャンクフードで肥満気味って話なんかを考えればなんだかなあってとこもあったりするとか、いろいろ留保はつけつつもとても貴重な本であることは確か。

7か月前

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欠落ある写本: デデ・コルクトの失われた書

中世アナトリアの叙事詩である『デデ・コルクトの書』を元ネタにした小説。作者を思わせる語り手による叙事詩のヴァリアント発見の謎めいた経緯から物語は始まる。 異本はオグズと呼ばれる遊牧国家におけるスパイ騒動の内幕を明かすもののようで、王たるハーンと詩人でありシャーマン、そして叙事詩の作者でありまたこのヴァリアントを残した張本人とされるコルクトらがオグズ内の有力者を尋問していく。そしてその話の中に別の王と王の替え玉による別の物語が挿入されていく。 元ネタを読んだことがないのでなんとも言えないところもあるが、こうした架空の書物をめぐる物語の面白さは元ネタにあまり関係がなく、そうした書物をどうもっともらしく見せるかがキモなところもあって、そういう意味で言えばなかなか面白かった。 聞けば筆者は元ネタの有名な研究者だそうで、さもありなん。 しかし、ハーンの語りを読んでいると、どうも男塾塾長の絵がチラついてしょうがない。マンガ化する(しないと思うけど)場合は確実に江田島塾長だなー。

8か月前

誰がスティーヴィ・クライを造ったのか?

やっと出たドーキー・アーカイブ4冊目。刊行ペース遅すぎませんか? でもその分?今回も秀逸。亡き夫が買ってくれたタイプライターが未亡人ライターに反旗を翻し…というホラーのメタ・パロディ。これがパソコンだとハローワールドってなもんなのかもしれないが時はワープロが出始めた80年代。 反旗を翻したタイプライターは勝手に主人公の悪夢を綴り出し、やがて書かれたものと現実が綯交ぜになって区別がつかなくなるという恐怖。 なによりも怖いのはこの入り組んだ構造を読者として読んでること。小説内では現実世界とタイプライターが描く世界は存在の階層が異なっているから登場人物は現実と区別がつかない悪夢に苛まれたりしつつも、書かれた世界と自分が立っている世界の隔絶を無意識的にわかっているはずだ。それに対し、読者はメタレベルな立ち位置にいるがために、却ってどっちがどっちなのかにわかには判断できなくなっていく。書かれていることがタイプライターの生み出す悪夢のように思えても、それを確実に知ることができなくなる。なんたって小説内ではどんなことだって起こりうるのだから! 原著はあのアーカムハウスから出ているが、何の因果か時代に埋もれてしまったらしい。著者による後日談も含めてサービス旺盛な一冊。

8か月前

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ダーク・ジェントリー全体論的探偵事務所

万物は相互に関連してるんだと嘯きながら猫探しにバーミューダ諸島まで行っちゃう私立探偵に決算書を音楽にしてしまうソフトを開発してるプログラマー(しかもその音楽がだいたい暗いってのも笑ってしまうが)、何でもかんでも信じ込む電動修道士やらヘンテコな人物がぎっしり活躍するミステリー小説らしからぬミステリー小説。作者はあの『銀河ヒッチハイクガイド』シリーズの作者ダグラス・アダムス。 イギリス人らしいひねくれにひねくれまくったギャグと皮肉、ちょっとしたショートストーリーになりそうなエピソード満載という贅沢な仕様でありながら、しっちゃかめっちゃかにとっちらかった(ように見える)ストーリーを最後の最後であっというまに、その上そこかしこにばら撒かれた伏線をさくさくと回収しながら収まるべきところにストンと収束させていくというとんでもなさ。 小説というのはこういう時間の優雅な無駄使いにあるんだなーと思わされるような得難い読書経験。

8か月前

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