Ed4279ff bc5f 49f2 b4e5 4ce5e26e26ac

どきん

人間科学中心に読んでます

人間科学中心に読んでます。フィクションは怪奇ものが好きです。

58

コメントした本

ル・クレジオ、映画を語る

映画論であり、自伝にもなってます。現在70代以降の方々って、映画を浴びるように観てる方が多いですね。若くてお金無かったろうにどうしてそんな生活出来たの?と思うのは私だけじゃないようで、今と違って安い料金で一日に何本も観れたのだと一章を割いて語られています。コミュニティにおける、映画館のメディアとしての役割が今と違ったんでしょうね。小津や溝口のような日本映画も取り上げられますが、インド・イラン・韓国の映画も同じぐらい、もしくはそれ以上の熱さで語られています。映画と本の違いについては、本は自由だ!と。まさに!

約1年前

魔術的リアリズム―メランコリーの芸術

1920年代、ヴァイマール共和国にて表現主義への反対命題として登場し、ナチス成立によりあっけなく終わった美術界の現象について書かれています。8名の画家については代表的作品の解題が行われます。静かで美しい作品群です。特に表紙を飾るエレボー『隠者』、草創期の飛行機へのこだわりが足穂を思わせるラジヴィルの『ストライキ』、シュリンプフ『窓辺の少女』が印象的です。後半ではオランダやアメリカへの影響にも触れられます。2004年にキールで回顧展が行われたと解説にあり、地図検索しました。遠いな・・。

約1年前

死者の書・口ぶえ

もの静かで感覚が鋭敏な少年少女は、思春期になると、よくないものも引き寄せてしまう。むくつけき上級生に抱きしめられ嫌悪感を持ちながらも、自身の性を求められることにどこかでうっとりとする明治時代の少年(というか折口自身)『口ぶえ』。奈良時代、貴族の娘の元を夜毎訪れる死者。慄きながらもどこかで陶酔を感じ、くるのを待ちわびる『死者の書』。性と死。嫌悪と陶酔。穢れと宗教。若者達は清いものに憧れつつ、力づくで近づいてくる穢らわしいものにも眩しさを感じる。奈良時代・明治時代の迷える魂がとった行動とは。渾身の注解付き。

1年前

ポロポロ

初年兵として中国戦線に赴いた体験を元に描いた連作集。「中国戦線では、敵兵を見ない、というのは有名なはなし」。敵兵の代わりに襲ってくるのは、飢えと感染症。行軍途中に倒れたり肛門から血を吹き出させたりしながら呆気なく死んでいく仲間達。たまに発砲すれば、その弾は敵兵ではなく身内のはずの者の命を奪う。そのうちに敗戦を迎え、病人がうじゃうじゃいるのに野戦病院は解散してしまう。後半では、自分の体験を物語ることへの疑念やためらいが吐露される。文体は淡々としてるけど、ぐらぐらと揺れ動く戦記です。

1年前

ニッポン大音頭時代:「東京音頭」から始まる流行音楽のかたち

音頭の通史。炭坑節の起源や東京音頭の事始め、三波春夫の音頭観、フランキー堺から大滝詠一に至る冗談音楽の系譜、アラレちゃん音頭などのアニメ発音頭や、アイドルの音頭などの歴史を丁寧に辿り、最後の大友良英作音頭まで駆け抜ける。当たり前のことながら、音頭はダンスミュージックなんですよね。

1年前

C15a8782 9534 4cb0 b5eb 5083ea7575c2572644c3 d8d0 41a2 bcd5 d564c99b219a
釣影―つり随筆

自伝。結果として民俗誌でもあります。復員した素石は「絵を描く人募集」という求人広告を見て画工の師匠に弟子入りする。山々を渡り歩く師匠について共に商売をしながら、合間に師と共に釣り糸を垂れる。最初の妻の死、師の死。その後マッカーサー元帥が解任される頃までの素石の生き方は自己破壊的というか自ら泥濘に突き進むような激しいものですが、当時の山々を素石同様歩き回っていた木地師やら刃物研ぎやら山伏やらの面々や、川にきらめくアマゴやイワナ、そしてなにより流麗な文体のおかげで流されるようにすいすいと読み進んでしまいます。

1年前

D7f4a023 7ae7 4f7b 96ba 7696b7d11ecf75e05375 99d6 43a8 9717 6f92deb748ac
保守の遺言:JAP.COM衰滅の状況

ガンディの非暴力不服従に心の奥底では共感しながら、日本は核武装をすべきだと述べる。西部邁は、いつもこんな具合だった。ん?どっちなんだこの人?と思いつつ読み終わり、なんかもやもやする。そういう文章を書く人だった。初対面の人にいきなり「私はあなたを許さない」「元全学連なのに東大教授になったから」と絡まれたり、苦い思いを散々されたようだ。雑に読むとそういう受け取り方になるのだろうか。政治とは割り切れないものだろう。論じ方も割り切れなくて当然ではなかろうか。自裁の六日前に書かれたあとがきをもって本書は閉じられる。

1年前

古文書返却の旅―戦後史学史の一齣

1949年、日本常民文化研究所月島分室にて始まった、全国規模の漁業資料館を設立しようとするプロジェクトは、あえなく5年で潰えた。その時各地の漁村から借用した文書は、リンゴ箱に詰め込まれ死蔵される。時が経ち1980年より18年の歳月をかけ、著者は各地へと資料を返却し続けていく。罵詈雑言を浴びせられるのを覚悟で再訪した家で思いがけぬ歓待をうけるうちに、各地の歴史や民俗を著者は再発見していくことになる。分野に関係なく研究倫理の書としても読める。人を対象とした研究に協力して下さった方には誠意を尽くさねばならない。

1年前

79887820 f565 4157 afbd 20a48b6202a7Fe789b40 eba6 44e1 a6b8 90882761e35eIcon user placeholderCeee7ead 53b4 4e8b 94bf b91e95ea3dd6Icon user placeholder3221c9d3 635b 4ff4 b7d7 38140ce9362eEaf4a5f0 bc3b 4b28 b90f a039ca5c7ba8 14
心臓の力 休めない臓器はなぜ「それ」を宿したのか

著者らが報告したNNCCSについての概説書。心臓は自律神経によって支配されている。自律神経には交感神経と副交感神経があり、かつては交感神経の作用をより強化する強心薬開発が主流だった。最近はβーブロッカーを使用し心機能を更に抑制する治療法に向っている。副交感神経からはアセチルコリンが分泌され、交感神経由来のノルアドレナリンと拮抗して心筋細胞の死滅を防いでいる。しかし心臓には交感神経終末より副交感神経終末の分布が少ないので、単純に考えるとアセチルコリンは足りなくなってしまうはずである。そうならないのはなぜか?

1年前

176e8e24 e9cc 40de 8147 9f437c32d0d4A2d0b282 e632 4433 97af bdf521d93f3e
中世の古文書入門

2013年に歴博で開催された企画展示の書籍化。内容を読み込んで初めて面白さがわかる寺社や村などの文書とは違い、中世の武家の文書は見た目だけでも面白いよ、と図版で紹介してくれます。義経、尊氏、信長等ビッグネーム揃い踏みです。朱印だけで済ませサインをしないことで相手を見下していることを伝えたり、一揆をするにあたって署名はするけど実は全面的には賛成しないぜという態度が書き方からわかったりという・・はあー、人間関係のごたごたって昔も今も変わらんなあ。見た目だけでも面白いと言われても内容も知りたくなっちゃいます。

2年前

見世物小屋の文化誌

1998年に早大文学部主催で行われたシンポジウムをもとに構成された本。『見世物大博覧会』の会場で平積みになってましたが、あの博覧会とは異なり、この本は近現代の見世物小屋に焦点を絞っています。福祉が発達して子どもや障害者が出演出来なくなったから見世物が衰退したと荷主さんが繰り返し発言されていて、読んでて非常にひっかかりを感じます。これは廃れていくのが当然だろうなと福祉的な観点からは思います。ただ一方で、非常に生き生きとした生活史でもあり、現代の価値観を相対化してくれる記録でもあると思います。

約1年前

音・ことば・人間

1970年代後半『世界』で連載された、文化人類学者と作曲家の公開往復書簡。音やことばが一応のテーマになってはいるものの、まとまりはなく議論が深まらない。日本が経済的に豊かであった頃の連載であり、書簡が書かれた場所はアフリカであったりパリであったりニューヨークであったり。金あるなあ。豊かな資金を背景に海外に飛びながら、辺境である日本から西欧に赴く人類学者・作曲家というねじれに二人とも悩んでいること、日本の音楽やその他の芸術に対する愛憎の念が入り混じっていることが行間から伝わってくる。これが裏テーマか。

約1年前

内部の真実

1944年。日本の植民地であった台湾で一人の軍人が死んだ。陸軍曹長と一等兵の間で起きた、色恋沙汰の果ての決闘騒ぎ。その結果としての死で片付けられる単純な出来事のはずだった。が。ありがちな密室殺人もののように幕を開けるが、日影丈吉お得意の民間伝承、純文学ネタがあちこちで暴発。人間関係も物語も錯綜し、あれよあれよというまに、パパイヤの濃厚な香り漂う亜熱帯を我々もさまようことになります。日影作品、ここのところ一年に一冊のペースで再刊されており嬉しい限り。

1年前

幽霊船

再読。確か出版当時、『本の雑誌』で騒がれていた記憶があります。1882年生まれの英国のどマイナー作家の短編集。表題作は、幽霊船というタイトルから想像される内容を気持ちよく裏切られるお話。『ブライトン街道で』は、読んだ後に心を冷風が吹き抜ける名作。読み終えた後巻末の『ミドルトン小伝』を読むと、寂寥感倍増です。表題作の原稿をあちこち投稿したものの不採用、一文無しとなり29歳で自殺した不遇の生涯だったようですが、地球の裏側で100年経っても読まれてますよと伝えてあげたい。といってもとっくに絶版なんだけど、、、

1年前

写真のボーダーランド: X線・心霊写真・念写

コナン・ドイルがいれあげた妖精写真や、心霊写真、念写といった、アヤシイ写真を題材としながら、写真というメディアの本質を考える試み。現実に起きている出来事を十全に写真におさめることは出来ないし、写真の中に描かれた以上、どんなに荒唐無稽で非科学的な内容でも現実と全く無関係でもない、と述べられます。ドイルが夢中になった妖精写真は人を騙す為に撮られたのではなく、少女達にとっての夢を写す鏡だったのだという著者の主張はわかる気がします。子どもの頃ってそういう遊び方をしますものね。

1年前

珈琲が呼ぶ

コーヒーについて片岡義男が書いた文章はほとんどないのだという。これまで読んできた彼の文章にはほぼ全てコーヒーが登場した気がするが、確かに正面からコーヒーについて扱った文章はなかった、、、のかなあ。本書は随筆集。コーヒーそのものについての文もあれば、いつものようにコーヒーから連想される映画・曲などについての文や、あちこちの喫茶店についての随想もあり。1939年に発表された『一杯のコーヒーから』に服部良一と藤浦洸が込めた意図に思いをはせる『小鳥さえずる春も来る』、こういうレンズの向け方が片岡義男は実にうまい。

1年前

6ee099c2 876b 42c6 a86e a50b5b0d369bC85cacc0 63d2 44b0 bb5f 963d98466da9151a20ec 11c6 4572 b74d 1715202fc2410023de40 54f1 41ba ba84 80dbfed96b7c
レッキング・クルーのいい仕事

60年代から70年代前半までのヒット曲を支えた演奏家集団についての本。錚々たる面々が登場。しかし本書の最初から最後に至るまで乱暴な台詞を吐き散らしながら痛々しい姿を見せ続けるフィル・スペクターの存在感にはシナトラさえも霞んでしまう。レッキング・クルーについては映画もあるけど、ミュージシャン達のインタビューで構成された内容はつまらないものでした。ミュージシャン達だけでは曲は出来ないのですよね。ではなにがスタジオで起きていて、なぜそれは永遠には続かなかったのか。終盤のセッション場面がそれを象徴している。

1年前

知性は死なない 平成の鬱をこえて

まず双極性障害当事者による手記として価値がある。また、一人の学者が大学や論壇の欺瞞、政治の混迷に対し真剣に悩み、自身の進む道を探っていく書でもある。2000年代に多量に出版された、文学や歴史を読み解く本のようにみせかけて、我々は弱者だ、で〆る類の人文書。「でも『だれが被害者なのか』ということは、なにかのはずみでくるっと変わってしまうじゃないか」。リベラルも保守も終わり、日本の大学に限らず「海外のトップ大学」も含め大学自体の社会的な意義が問われるなかで、どのように生きていけばいいのか。極めて誠実な思索の書。

1年前

F4089288 4d4f 4f51 9b08 f6fd2d35966cIcon user placeholderIcon user placeholder4035cfac 6a6d 4ace 857c 102714ac6f9cEcc9c7f3 65a4 449d 977a 76162a9b4794B3bc024c 3e45 4d54 8184 d0b5f9e1ef8e382f9d7b d9e5 4bf2 9d08 de1a1369bb34 9
差別の民俗学

1932年に雑誌で中里龍雄が投げかけた「もぐらの嫁さがし」についての問いに熊楠が応答。収められた書物によってそこから導き出す意義の取り方(天の定めた分際を越えるなとか)が異なる民話であることを指摘。その後赤松が特殊部落史を引用しつつ、階級社会を維持するために支配階級が輸入し広めた民話であり、昔ばなしとはそうした性格のものだと続けるあたり、圧巻です。こういう流れ、後からそれぞれの著書で部分的に読んでもわかりにくいんですよね。やりとりを全て収録してくれてるおかげで、当時の誌面に展開された議論を堪能できました。

2年前

歴史のなかの大地動乱――奈良・平安の地震と天皇

八〜九世紀に続けて起こった地震・噴火を当時の人々がどのように捉え対処したかが述べられます。当然自然科学ではなく神話によって捉えられたのであって、不遇の死を遂げた者たちの怨霊やモノノケにより大噴火が起こり、蛇の群れが川を流れ下り洪水を起こし、祟り神達が疫病や飢饉を引き起こします。怨霊を慰めるような形で災害に対応した当時の人々は愚かか。否。祖先達は神話をツールとして自然災害に真剣に向き合っていた。現代人は祖先達よりも優れた自然観を本当に持っているか。「天を蔑」して思い上がってるのではないか。

2年前