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cobo

昔の記録に

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コメントした本

東京タラレバ娘(9)

完結しましたね…まあ、オチにはいろいろ異論があるし、正直どうかと思う部分もかなりありますが、少なくとも『女子会を開いては夜な夜な愚痴っては他人に責任を取って欲しい人たち』にタラレバさんという名前を付けたのは、慧眼でした。 3人の話しじゃなくなってしまったのが残念。 しかし、キーがダメ過ぎるよ…ギャップじゃなくこれじゃ頭悪い人みたいに見える…

約1年前

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くらもちふさこ デビュー45周年記念 ときめきの最前線

いや〜コピーの ときめきの最前線 は上手い。 最新作の 花に染む も読まなきゃね。 やはり 海の天辺 の評価が高いの納得。

約1年前

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20世紀の幽霊たち

最近ちょっと良い噂を聞いたの(ただ、書店での全く知らない人たちの話しが聞こえてきて、それがジョー・ヒルさんでした)と、やはり作家の息子の作品はスゴイのか?というのを確かめたくて(ジョー・ヒルさんはスティーブン・キングの息子!)読みました。 ひとつのテーマで括るのは難しい感じがする様々なものを扱った、しかし当然主たるモチーフに【恐怖】がある短編集です。出来うる限り、いつも私は先入観を持たないで作品を味わいたい、作品ごとに評価が違って当然だ、と考えて読んでいますが、全くまっさらで臨めるほど人間が出来ているわけではありません。が、どんなクダラナイ作品を書く人でも、時に素晴らしい傑作を生み出すこともありえますし、いつも完成度高い作品を生み出す作家(もしくは音楽家でも、映画監督でも、役者さんでも、芸術家、あるいはモノを生み出す方ならどんなモノでも)がとんでもなくどうしようもない(と一受け手である私が感じる)作品を世に問うこともありますよね?先入観はなるべくなくして作品そのものを楽しみたいです。が、やはりスティーブン・キングの名前は大きかったし、私も結構好きな作品があるので、ちょっと期待し過ぎたかもしれません。 様々な趣向を凝らした短編集で、私が気に入ったものは、あるホラー短編を自分が監修する「年間ホラー傑作選」という本に載せたいが為に様々な困難を乗り越える編者が主人公で作中作の赴きを生かした(私の中のこの短編集のベスト!)『年間ホラー傑作選』、吸血鬼について新たな角度からの視点を基にしたホラーというよりも幻想ものともいえる『アブラハムの息子たち』、野球への偏愛を滲ませながら問題ある子供と独特の関わり方を示し、なお愛情も理解させる『うちよりここのほうが』、一人のダメ男の目の前に訪れる不運と、めぐり合わせと、陥るべき現実(この短編の切り方はかなり好きです)『挟殺』、不思議な博物館を舞台に展開する奇妙で不可思議な展示品と観客の運命(モチーフは1番好き)『末期の吐息』、ちょっとしたレイモンド・カーヴァー的作品『ボビー・コンロイ、死者の国より帰る』、何か大きな物語の導入としてだったらもっと楽しめるのでは?とも感じさせる『救われしもの』です。 ただ、非常に残念に感じる部分もあって、人は小説に何を求めるのか?とかいう根源的問いかけにも通じてしまうのですが、その世界に潜りたい!潜ってしまったことに気付かせないうちに潜ってしまった、という感覚に読み手を持ってこれれば、およそどんな奇想天外な、ありえない不条理も、読者は受け入れられると私は考えます。しかし、潜らせるテクニックなり、深さによってはどうしても「何で?」という批判性が頭をもたげてきてしまいます。短編はだからこそ難しいと思いますし、それが上手く行ったうえでの物語の切り方落差は長編小説にはない短編の醍醐味だと思うのです。そしてそんな部分にこの短編集では上手くいっているものと、いっていないものの差が大きいと私は感じました。作品の完成度としては『自発的入院』におそらくほとんどの方々が父キングの跡を見出せると思うのですが、だからこそかえって私にはキングの偉大さを感じました。ただ、スティーブン・キングの短編は私はいまひとつなのですけれど。 父キングのころよりも、感じたり、考えたりする時間が少なく世の中全てのスピードがあがっただけ、とも言えるかも知れません。より現代的なのかも知れませんし、ただ私の好みが古臭くなっただけとも言えるかもしれません。が、物語の中に潜らせる技術、取り込むチカラ、その魔力を知っている人には少々物足りなく感じさせるかも、ということです。 新しいホラーの形に、あるいは作家の系譜に興味のある方にオススメ致します。 2009年 4月

約1年前

ヤングトラウマ~ひろ子・ドカベン・バムバータ~

微妙に年齢が近いだけで、音楽としては確かに面白いものの、追いかける程の趣味の近さはないスチャダラパーさん。もちろん好きなアルバム(例えば「WILD FANCY ALLIANCE」なんて結構聞きましたが、今調べたらこれ93年の作品!!でしたビックリ)もありますけど、毎回買う程ではないのですが、この人達と私、ヤントラ(=ヤングトラウマのこと)のシンクロ率が割合高いのでつい読んでしまいました。 スチャダラパーの言うヤングトラウマは「多感な時期に負ってしまった心の傷。いい意味で。」ということですが、もっと分かり易い表現を私個人的に使うなら、どっぷりとはまった趣味や趣向、モノ、人、のことなのですが、それがある意味拗れちゃったレベルまで行ってしまったもののことです。この年代の人(アニが1967年、ボーズが1969年、シンコ1970年生まれ)なら何かしらカブル部分があると思いますが、私もこの人達と傾向といいますか、傾き度合いが似ている部分があるので面白かったです。 王道を認めつつ、また、もちろん味わいつつ、どうしても裏道が気になって仕方が無い。また裏道がどうしてこんな方に行くのか、その理由(自分だけが納得できるものも含む)を調べずにはいられない感じの方々です。例えると、冒頭からいきなりそうなのですが、「ドラえもん」にハマるとして、結局藤子・F・不二夫の「ミノタウロスの皿」や「ノスタル爺」、「劇画・オバQ」などの異色SF短編集に偏愛を覚える、または手塚治虫さんなら、「アトム」も読むけど「ブラックジャック」や「きりひと賛歌」や「アドルフに告ぐ」が好きな人、そんなあなたにはオススメです。 しかし、ボーズさんもそうですが、アニさんの偏愛っぷりと、トラウマの十八番に薬師丸ひろ子が来るあたりに少しキャラの違いを感じますが、そこはヤントラ、誰にも触れられたくない過去の一つや二つはあって当然ですよね。 もちろんお笑いで言えばドリフは外せないし、ちゃんとデンセンマンや、ベンジャミン伊東と小松正夫に行くのが、激しく頷ける良い傾向の偏愛っぷりでタマリマセン。その後話題がちゃんとラジオも経由しますし、ちょっと意外だったのはお笑い系のライブに行くのが知らない世界でビックリでした。 音楽ネタももちろん歌謡曲からアイドルから、ベストテン、サザンにゴダイゴ、果ては作詞家に関する思いを新たにすべき話しまで、とても良かったです。見ましたよね、歌番組。面白かったのも当然かもしれませんが、どこか義務感があった気がします。 そしてもちろん山田太一さん話し、ディープです。ファミコンゲームの話し、もっとディープです、ほんとただのオタクな人ですが(実際30過ぎた頃に、『うるさく注意する親もいなけりゃ、養わなければいけないヨメもいない、でもテキトーに生活できる金はある』という時代があったようです)、その辺のヤントラと、根本敬さん(「因果鉄道の旅」!)、みうらじゅんさん、赤瀬川原平さんが同時並列で語れるバランス感覚が私個人はとても好きなのです。 私にはヒップホップな何かを好む部分がほとんど無いので、その部分はまあ普通に読みましたが、それ以外が結構かぶるので面白かったです。 「マイナーな方がカッコいい」という10代の終わりにかかる病がいまも続いて、拗れて拗れて、もうどうにもならなく突き抜けてしまっている人たちの話しです、サブカル系に興味のある方にオススメ致します。 しかし、40前くらいでこの『ノスタルジー内輪受け』は大変危険なのでは?と思わなくも無い。ただ、それがある一定以上の芸になっているからこその本だといえます。もう少し寝かせてからが美味しいのではないか?と。 2009年 3月

約1年前

アンナ・カレーニナ〈4〉

有名なフレーズ『幸福な家族はどれもみな同じように見えるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある』ではじまる大作です、いつかチャレンジしてみたいと思いつつ、なかなか手が出なかったのですが、今年の自分の課題図書にしたので勢いが出ました。また、新訳や旧訳を読み比べてみようかとも思ったのですが、手触りが良かったのと、表紙の絵で光文社古典新訳文庫にしました、とても読みやすかったです。 私の先入観としては(もちろんトルストイを読むのも初めての初心者っぷりです)アンナ・カレーニナという女性を主人公にした不倫小説もの、恋愛ものなのではないか?というものだったので、多少敬遠ぎみだったのですが、これが正直かなりの素晴らしい未完成の持つチカラ強さと、計算されたといいますか確かな技術に裏打ちされた完成度の2つの相反する良い所を取り込んだ総合小説と言える作品です。 19世紀のロシア。オブロンスキー公爵(アンナの兄であり、役人である上流階級に属する人物、ひどく物分りが良いが自身の欲望にも忠実な憎めない男)とその妻ドリー(何人もの子供の世話に追われる家庭的な世俗的で頭は良くないかもしれないが平凡な女)の家庭の不和が起こっているところへやってくるアンナ(立ち振る舞いも美しい美貌の持ち主で、教養もある女性、役人であり出世もするかなり年上の大物官僚カレーニンの妻)がやってくるところから話しが動き始めます。ドリーの妹で可愛らしい女キティと、キティに心奪われた地方貴族でもうひとりの主人公リョーヴィン(人の良い男でオブロンスキーとも仲の良い男、だが煮え切らない部分もあり、熟考したあげくでないと行動に移せないが、それでいて頑固もの)、そしてキティが求めるヴロンスキー伯爵(軍人であり男気あふれ、そして情熱的男、乗馬の腕も良いハンサム)、など様々な人々を交えながら、たくさんの物事を扱い、そして追求し、なお読み手に解らせる総合小説です。様々なものを扱いながら、そのどれもおろそかにしないテクニックと、読み手を摑んで離さない吸引力はとても強く、そして上手いです。ただの恋愛小説と考えていたのではない、素晴らしい作品でした。 人間関係における様々な事柄を(恋愛も、親子関係も、兄弟も、子供への教育から、当時の政府や皇帝への時事関係への解釈、収入の話しや、借金のこと、宗教的家族背景から、哲学的人生の指針まで!それ以外の些細な日常的問題など、など)扱い、それを2つの大きな流れである、都会的上流社会における情熱的、破滅的恋愛関係であるアンナの流れと、地方の地主貴族で頑固で、表面的事柄を軽視しながらも現実的世界との交渉を絶えず繰り返すことになるリョーヴィンの流れを交差させたり、対比させたり、人物をそれぞれに絡めることで浮かび上がらせ、作中の人物の心の動きをリアルになぞることで読み手に納得させ、しかも読み手それぞれが解釈できる作りになっています。とても多層的で多角的で様々な角度から見るに値する構造になっていて読みでがあります。 いわゆる一般に浸透している不倫恋愛小説としての面も、たしかに面白いですし、それはそれとして理解できますが、あくまで上流階級の中の日常の中で起こっている出来事、その普遍性や凡庸さとも言うべきどうしようもないこの世界や日常を感じさせつつのドラマになっていて、その部分のブレンド具合が私個人にはとても気に入りました。アンナの結婚生活における希望や期待と現実とのギャップ、それでも成り立たせようとするアンナの努力の数々、しかし知り合ってしまって恋愛関係に至る相手ヴロンスキーとの出会いや関係、そして上流階級社会からの反応など、女性ならではの興味深い内容目白押しですし、こちら側がドラマになりやすいのも良く解りますし、読んでいて面白いのですが、なお素晴らしかったのはリョーヴィンの流れの部分です。 アンナと違った意味で正直で納得しなければ頑として動かない男、何か根源的渇きの様なものを心に偲ばせながら生きている不器用で正直すぎる男、しかし、その思索の辿る道が、とても人間的で、凡庸で、そしてかけがえのないひとつの命のような素晴らしさを感じさせます。そのうえ、こういう事はどなたでも体験があるのでしょうけれど、自分の中で何か特別な契機があった後に見る、何気ない普段と変わらない世界が、目に写る何かが、とても特別で愛おしく、そして忘れられない風景になることを思い出させてくれます。そんな部分への伏線、比喩、描写などがたまらなく洗練されていて素晴らしい、古典とは時間が経過した後になっても充分鑑賞に堪えうる存在なのでしょう、と実感させてくれます。アンナに対比する人物としても、とても良かったですし、リョーヴィンの兄で刹那的ニコライ、異父兄で著名な文筆家でもありながらどこか割り切れないコズヌィシェフとの関係や、議論の数々の落としどころが、今でも充分通用する感覚で、その辺もまた良かったですし、違う訳者のものを読んでみたくさせます。 個人的には7章で終わっても良いところに、8章があり、それでもなお時間は流れ、すべてが流れ去ってゆくこの最後の8章の存在が、強く私には特別な小説に感じられました。変な例えですが、「グレート・ギャッツビー」の最後の文章に近い余韻があってそれを短いセンテンスではなく、一つの章として存在させている感があって素晴らしかったです。 物語には感情移入しやすい人物がいた方が良いという読み手の方なら、おそらくほぼどんな方でも主要登場人物の誰かに感情移入できると思いますし、小説に感情移入を求めない方にも、もちろんオススメできる総合小説です。古典で、しかも大作。挑戦するにはそれなりのキッカケが必要なのかもしれませんが、強くオススメしたくなる、そういう読書体験でした。子供の頃に読んでいたらまた変わった感想を持ち、違った感性を育てられたかもしれないとも思わせます。しかし、私は今初読でとても良かったと感じています。 厚めの本でも割合躊躇なく読み始められる方ならすぐにでも、読書の経験があまりない方なら、何かキッカケがあったなら是非オススメしたい、総合小説でした。一昨年読んだ古典「レ・ミゼラブル」も素晴らしかったですけれど、ロシアも侮れませんね(当たり前ですね)。「レ・ミゼラブル」よりも日常に、凡庸さに、普遍性に重点を置いた小説です、「レ・ミゼラブル」が王道なら、「アンナ・カレーニナ」は総合小説です。 しかし、ついに主要登場人物が全員年下でした。う~む。 2009年 3月

約1年前

お目出たき人

高橋 源一郎さんの「文学なんかこわくない」(朝日新聞社)の実篤ウィルスの話しを読んで以来、ずっと気になっていた武者小路実篤先生。いつか読もうと思いつつ、なかなか手が出なかったのですが、つい古本屋の店先に100円均一で売られているこの「お目でたき人」が目に留まり、なおかつ裏表紙の解説が凄すぎて買って読みました。裏表紙の解説には「自分は女に、飢えている」からはじまるとてもイタイ系の文章が並んでいます。 内容に言及しています!が特に問題ない作品だと私は思います。つまり内容を知ってしまったとしても問題なく楽しめる(?)作品です。 26歳のオトコ<私>が主人公の1人語り小説です。私は近所に住む女学生<鶴>を勝手に好きなって結婚したいと思っている。私はまだ<鶴>と話したことが無い。それどころかここ1年くらいは姿を見ていない。それでも私は<鶴>と結婚する事で女に飢えた心を満たすことが出来ると信じているし、<鶴>の幸せにとっても、私と結婚する事が<鶴>の幸せだとも確信している。もちろんいまだに会っていないし、話していない... で、この後も5年くらいこんな状態が続く話しです。もちろんこの結婚話しが上手く行くはずもありません。結末も誰もが思ったとおりの話しです。 と言う妄想炸裂の小説です。スゴイものを読んでしまった、というのが1番の感想です。解説に何故か阿川佐和子さんで、これまた非常に面白い解説です。 私が特に強調したい感想はただ1点でして、それは「武者小路実篤先生は割合本気で書かれているのか?」という事です。この小説の<私>のなりきり方はちょっと、というか、かなりの妄想癖のある方でないと想像できないくらいの重症度を感じますし、文章の構成も恐いくらいにストレートで作為をあまり感じられません。ということは、物凄く表現豊かで想像力がたくましく、それでいて作為を隠せるほどの自然さを装うテクニックの持ち主であるか、まったくの天然でほぼ実体験を書き表した、のどちらかだと思うのです。前者だったらスゴイけれど、後者な感じがする、そんな武者小路実篤先生の違う作品を読んでみたくなるような、ならないような、とても微妙な感じです。 ただ、この作品を「お目でたき人」というタイトルにしているのは前者のような気もさせる、そんな不思議な作品です。 私が連想したのは「現実入門」 穂村 弘著 光文社 です、ちゃんと計算されたものではありますが、実篤ウィルスに感染されていると私は思います。評価はともかく、とてもはっきり好き嫌いが分かれる作風だと思いますから。ただ、作為はちゃんとある、と私は思います。 穂村 弘さんがお好きな方、普通に見える人の中にも異常性が潜んでいなくも無い事を確認してみたい方に、自分の嗜好にアブノーマルを認めてしまっている人に(この本を読む事で客観性を持つ目が芽生えれば謙虚になれると思います)、オススメ致します。 2009年 2月

約1年前

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生きるかなしみ

友人さんがオススメされていて、ちょうどテレビドラマでも山田太一さんの「ありふれた奇跡」を見ているので、早速読んでみました。 山田さんが集めた「生きるかなしみ」に直面して、なお目を逸らさずにいられる強さと受け入れる覚悟を表していると思われる作品集です。 中でもやはりこのアンソロジーを集める山田 太一さんの主旨を説明する「断念するということ」が、忘れやすいけれども見落とすことの出来ない、「言葉」として単語で表すとどうしようもなく貧弱なものであったとしても、「文章」で表すことで上手く伝えられ、その為のアンソロジーであることを理解できるようになっていて良かったです。どんな方であったとしても気付かされるなんらかの瞬間があって、その瞬間へと自身の記憶の忘れかけていた「何か」を思い出させたり、思い出せなくても何かの思い出の余波のようなものを感じさせてくれる(それがこのアンソロジーに収められたシュチエーションから関係のないエピソードであったとしても!)、そんな短編集です。 山田太一さんが「かなしみ」とかなりストレートに表記するにあたってはかなり考えた結果だと(それに値する、それ以外のもののたとえをかなり細かく例に挙げて列記していることからも、私はそう想像します)、充分わかってはいても(もちろんひらがな表記にすることもきっと相当考えられたと思う)私個人にはいまひとつ(私の友人さんもおそらくその辺に多少の違和感を感じられたのだと推察しますが)「しっくり」来なかったのは事実なのですが、言わんとするところは理解できていると思います。 私が特に気になったのは五味康祏さんの「太宰 治―贖罪の完成」と杉山龍丸さん「ふたつの悲しみ」、そしていつか挑戦したいと思っている永井 荷風「断腸亭日乗」の空襲の様子の何日かと、終戦記念日当日の(いつも思うのですが、何故『終戦』記念日なのでしょうか?「敗戦」でも良いし「受諾」でも「降伏」でも良いと思うのですが)抜粋です。 太宰についての文章は恐らくかなりの批判的受け取られ方をされるのであろうことを受け入れた上でのある意味正しい選択だと思いますし、それが今よりももっと前に発表せれていることがスゴイです。もちろん自身の過失があったからこそのものなのでしょうけれど、書かずにはいられなかったのだと思います。 そして単純でどうしようもない日本語で書かれた「ふたつの悲しみ」こそ、私はおそらく山田 太一さんが1番重きを置いている作品なのではないか?と感じました。ストレート過ぎるほどのストレートであっても、起こった出来事があまりに大きく凄まじいものであったなら、起こったことをそのまま書くことで伝わる何かがあるのだろうと感じさせました。出来うる限りに余分なものをそぎ落とした短い作品ですが、意図してそぎ落としたのではなく、そぎ落とさざる得なかった作品なのではないか?と思わされます。短くも、重い作品です。 そしていつか挑戦したい「断腸亭日乗」、さすがの読み応えなのですが、好きな作家さんの谷崎さんが出てきて面白かったです。日記文学って面白いですよね。 ネガティブなものを突き抜けてこそのポジティブに興味のある方にオススメ致します。 2009年 2月

約1年前

能の物語

ひょんなことから興味が湧き、手に取ったのがこの本です。日本の伝統芸能である「能」なんて見た事が無いのですが、これを読んでみてみたくなりました。伝統芸能の「歌舞伎」も見た事が無いのですが、もしかすると面白いのかも知れないと、考えるようになりました。私はオトナになるまで舞台芸能に触れる機会が無かったからか、最初は違和感があったのですが、ナマものはやはり面白いですね(私の場合はナマ舞台芸能体験はオトナになってからのバレエでした)。ただ、やはり子供の頃に1度でも良いので見て、まねして舞台で教わる、という経験があるともっとどんな分野でもすそ野が広がると思います。あまりに知らなさ過ぎですから。 たくさんある「能」の話しを文章で再現するという難題に白州さんが応えてくれます。白州さんも以前から気になる存在なのですが(もちろん旦那さんもですが)、初めて読んだのですが、とても読みやすかったです。ありたいていな表現ですが、風情ある文章です。 中でも私が気に入った話しは、おそらく舞台で見るなら最も気になる舞いで見てみたい話し「井筒」、舞いに自分の想いを込めて主人の意見を変えさせる「熊野(ゆや、と読みます人の名前です)」、島流しにあった僧が仲間と離れることになる「俊寛」、昨日の敵で、今日の友と言うべき境遇を受け入れる「敦盛」、不思議な光景を見せる琵琶湖のほとりの話し「竹生島」、情景てきに素敵な桜の話し「桜川」、など、どの話しも舞いと見てみたら面白そうです。 舞台芸能に、古典に興味のある方に、オススメ致します。 2009年 1月

約1年前

探偵ガリレオ

友人さんにオススメしていただいたミステリの短編集です。読ませる本でした、何か映像化を見越したかのような作品です。 刑事である草薙の同級生で、帝都大学物理学助教授湯川の活躍を描く短編集です。人間が発火する怪奇を科学的に捉える「燃える」、デスマスクをめぐる顛末「転写る」、心臓だけが壊死する現象を追った「壊死る」、シーズン終わりの海岸で起こった爆発の背後「爆ぜる」、幽体離脱現象を扱った「離脱る」の全5編です。なかでも私が気に入った事件はなんといっても登場シーンになる最初の「燃える」です。人体が発火する様が、またその仕掛けと、仕掛ける側の心理がなかなか良い描写でよかったです。さらっと読めるうえに短編集ですから、かなり読みきりやすいですし、もうすでにテレビドラマにしているかも知れませんが、映像化されることを望んでいるかのような展開と描写でした。しかも巻末の解説によると、作者が実在の人物を頭に描いて書かれたようで、物理学者の湯川先生に佐野史郎さんをイメージした探偵役としての物語にしたかったようです。 テレビドラマ的というばとてもテレビドラマ的なつくりになっていて、被害者の心情を伺ってみたり、物語の進み手である刑事草薙目線にしてみたり、とても上手くドラマタッチに仕上がっています。その分、多少はしょる感じは否めませんが、主人公である湯川はとぼけた感じもだせている上に、かっこいいのでまさにテレビドラマ向きと言えます。キャスティングを考えるだけで楽しめそうです。白衣を着ると誰でもかっこよくなってしまいますが、私なら佐野さんも良いですが、年齢や助教授という肩書きを考えて今ならミッチーさんにやってもらいたいです。2枚目も3枚目も出来る役者さんですし、割合ベタな演技が求められますし、向いているのではないでしょうか? ただ、ちょっと気になったのはなんで急にガリレオというニックネームになったのか?です。後半急に命名されていて謎です。 さらっとした気分転換にはもってこいの本、ミステリの謎に比重を置かれる方に(つまり謎解きのスッキリさよりも、謎の謎さ加減により興味のある方に)オススメ致します。 2009年 1月

約1年前

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それから

ここのところ、夏目 漱石先生にはまっています。「行人」、「門」と読んできまして、そのつどいろいろな方に教えていただいた中の一つ、「それから」です。順番としては「三四郎」「それから」「門」と続く3部作なのですが、私は後ろから順に読んでしまったわけです。が、とても面白かったです。 30歳にもなって職を持たず、実業家(ちょっと怪しい)である父から生活費を貰って暮らしている代助は友人夫婦である平岡夫妻が帰郷したことで様々な事柄と向き合うことになります。自身を責任ある立場に置かないことで成り立っていた生活と心の基盤を揺るがすのは...というのが始まりです。またまた当然文章が上手いです、説明し尽くされることに慣れてしまっている現代の小説家の文章よりもずっとセンスある、隙間を生かし、全てを説明しないでも伝えるテクニックがとても心地よいです(私は昔吹奏楽部に在籍していたのですが、『1拍を上手く表現するためには、1拍の長さでキチンと音を切ることが非常に重要だ』という教えを思い出し、それに通じる隙間の生かし方だと思いますし、いかに説明し尽くされることに慣れてしまったのか?を考えさせられました。説明し尽くすことは受けての考えるチカラを日常的に奪い、そしてそれをお金に換える話しにも繋がる話しですけれど。ただ、上手い人は当然全てを説明しないでも伝えてきますね!)。そして、展開も、描写も来ます、迫ってきます。哲学的問いかけ、生活者としてのその時の風情もあり、それでいて愛情についても語られる、昔からあったであろう西洋小説の王道です。しかし、その西洋の王道が日本的なものになって漱石先生の手にかかると、メランコリーで回ります。そこがとても日本的だと、ある意味美しいとさえ感じました。 内容に言及しています! 代助の無意識の内に平岡に自分の好きだった三千代を斡旋する努力を行ったことはおそらく『妻を娶る』という責任を回避するためのものであったであろうと私は解釈しました。だからこそ、その後その自分でした事の事実お大きさに悩み苦しみ、そして運命という言葉を出して自身を納得させる部分はたしかに誉められた行為ではありませんが、ドラマとして必要な部分でさえあると私は思いますし、自分で蒔いた種を刈ることの悲劇性が強くなって小説としてよかったと思います。その辺や相対する平岡を徐々にどんな人物に変わっていってしまったかを描くことで感情移入させやすくしていますし、より小説世界に入り込んで楽しめました。なんだかんだと理由をつけ、その理由が正しいか誤っているかではなく、今どうなのだ?という現実に即する事が出来ないあたりが私個人的には村上 春樹さん的にも感じられ(もちろん漱石先生が先ですが)面白かったです。やはり周りをとりまく人々の(父の、兄の、嫂の、そして平岡や寺尾、もちろん三千代まで当然!)凡庸なるまともさと神経質なまでの考えに固着する代助の頭の回り方が対比美しく良かったです。三千代が代助の告白を聞き入れる度胸の大きさと覚悟の見事さに比べてのある意味滑稽でもあり、そして何故だか哀しくもある代助の態度がまた印象的でした。 その上ところどころで挟まれる描写の美しいことがまた盛り上げたり、引いて見せてくれたり、まさに自在に私の感情をぐりぐりと動かされた感じでした。特に描写では、嫂に自分の好きな女が出来た事を告白した帰りに見る梅雨時に珍しい夕陽と車の輪との描写はとてもヒロガリを感じますし、まさに衝撃的な場面の後でよりいっそう余韻に浸りました。また代助が三千代を好きだと自覚する場面での「三千代」を繰り返す文章が非常に代助の心を描写する意味では上手いと思いました。 不倫小説、とは言いすぎな部分もあるかと思いますが、現代でも同じ題材として繰り返されるモチーフのひとつでありながら、その他とはあきらかにレベルが違って感じる小説、再読だろうと充分に耐えられる芯の太い小説だと思います。 私は最後に代助の至った狂気への道筋にも見える部分こそ、本当の、現実への扉を開け、責任を負うことへの代助から見たものをそのままに描写したものだと思います。狂気を感じさせつつリアルであるという踏みとどまりを感じました。 漱石先生の作品が好きな方に、何時の時代もある不変的悩みに興味ある方に、村上 春樹さんの初期の頃作品が好きな方にオススメ致します。 2008年 12月

約1年前

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死の腕

ヘンリー・ルー・ルーカスは結構な大物という事になっていますが、もちろん確定していない部分も結構あります。今回は2017年夏のヴァニラ画廊でのコレクションを見た事で、それもオーティス・トゥールの絵の強さがずば抜けて感じられたので手に取った次第ですが、残念ながら非常に「新潮45」的なノンフィクションに見えてその実は結構なフィクショナルな作品じゃないかと感じました。せめてタイトルを『死の腕』という不確定な部分ではないものにして欲しかったです。これでは愛犬家連続殺人事件の「共犯者」山崎永幸著と同じように、かなり怪しい感じがします。 インタビュアー兼著者でもあるマックス・コールという人物のクリスチャン視点でもあるので、どこまで本当のことなのか?翻ってより分からなくなってきました・・・ 表紙にも360人という人数を挙げていますが、実際捜査をして明確になった212件(この本の数字を信用するなら)を表紙に掲げるべきなんですが、その点もゆるいと言わざるを得ません。 また、何でダークサイドからライトサイドになったのか?という1番気になる部分が全然理解出来ませんでした・・・いくらなんでも簡単すぎやしないか?と。 あくまで、ヘンリー・ルー・ルーカスの、視点から見た真実を語られたインタビュアーが再構築した読み物、というのが妥当な判断だと感じます、私には、ですが。

約1年前

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木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか(下)

40を超えて知り合った年下の友人が、プロレス弱者(プロレスについて詳しくない事を指す言葉です)の私に、どういう感想を持つか知りたい、とオススメされたので手に取りました。 著者の増田さんの文章はとても上手いですし、読みやすいです。しかもエモーショナルでいて、しかしノンフィクションライターとしての矜持からか、冷静になろうとする部分を隠さずに見せる方です。そんな人の文章が面白くないわけないです。 私の小学校くらいまでは、たしかタイガーマスクが流行っていて、1回プロレス観戦にも出かけたのですが、うん、なんか興味が続かなかったので、そこでほぼプロレスについては観なくなってしまいました。多分子供心にも、なんか嘘っぽい、という感覚もあったのを覚えています。 その後ほぼプロレスには触る事ない生活でしたが、大学生の頃、友人の知り合いとお酒を飲むことになり、どういったいきさつか?は忘れてしまったのですが、プロレスの話しになり、何気ない私の、しかし心無い「何となく全部が真剣勝負じゃないですよね?」という一言で非常に怒らせてしまったという事件ががあってから、一層プロレスに対して興味が無くなりました。でも私だって自分の好きなモノを否定的に言われたら嫌な気持ちになると思いますが、その熱量や感情の表出に際してプロレスファンの方は振れ幅が大きいような気になってしまったのです。きっとお互い酔っぱらっていただけなんでしょうけれど、その時はそうは思えなかったんですね、ただ単に幼稚だな、と感じてしまったんだと思います、私も同じように幼稚ですね・・・ それでも、その後にも格闘漫画「修羅の門」を面白く読んだり、ふと目にしたパンクラスという格闘技の中継で観た舟木選手が腕を決めて勝った試合は単純に凄いな、と思った記憶があります。でもパンクラスをもっとちゃんと観ようとは思わなかったのですが。格闘技とか武道とかにあまり関心が続かなかったのです。 なのでこの本に出てくるプロレス用語の意味が間違って読んでいる可能性もありますし、イマヒトツ理解出来ない単語もありました、注釈が付いているんですけど(例えばアングルというプロレス用語はなんとなく文脈からするとブラフという意味だとも思うのですが、アングルって角度の事なので、根拠はあるけど大げさにしている、という事なのか、全くのウソなのか?が分からなかったり・・・)。 非常にセンセーショナルなタイトルですよね。 木村政彦の弟子である岩釣氏とプロレス側との交渉を冒頭に置いていて、この先どうなるんだろう?と思わせつつ、次に木村と力道山の世紀の対決の結末を書いておいて、結末を知っているのに、本当のところがどうだったのか?を知りたくなるフックが非常に強い、読ませる導入だと思います。円環構造になっているのもいいです。プロレスに詳しくなくても、柔道に詳しくなくても、木村と力道山の試合の結果ではなく、何があったのか?がとても知りたくなります。 これは相当に、力道山を代表とするプロレスという視点、それも勝者の視点が流布されて、木村という柔道家側でも、プロ柔道側(柔道で興行を行う寝技を含んだ、技の上での1本ではなく、参ったというか、意識が無くなる事で、負けの判定が下るシステムの事:私の認識)からも評価されず、1個人木村政彦という柔道家の側面を、見事に削られているのが現状だったんだと思います。負けた側の視点立つ著者の増田さんの激しい怒りと共に、時系列を追いながら、柔道だけでない、世界レベルの格闘技や武道や護身術の興亡を描いたノンフィクション作品です。 柔道という武道の流れや、講道館というスポーツに特化した柔道の形、サンボとか、バーリトゥードとか、MMA(総合格闘技)とか、ブラジリアン柔術とか、とにかくたくさんの格闘技の話しが出てきますし、セメント(真剣勝負、多分あらかじめ勝敗を決めない、しかし何をもって勝ち負けの判定をするのか?はルールによる)とか、口に出してみたくなるカタカナ語が多く出てきます。その詳しい違いについては分からないものの、何となく、プロレスとは違うんだな、という文脈でのニュアンスだけは理解出来ました。 さらに昭和史における石原莞爾や頭山満などの右翼の大物政治家などの交流も描かれています。 多分著者の増田さんの立ち位置は完全に木村政彦サイドだからなんだだと思います、プロレスを軽視するわけでは無いが、武道ではないから、というスタンスは理解出来ました。もっとも私はプロレスにどのくらい筋書き(ブックというらしいです、この辺の単語のトリビアルな面白さがあります)があるドラマなのか?が全然分からないのですが、まぁワカラナイまま楽しめる人と、物語としては全部を受け入れる人や、たった一つの真実として受け止める人では結構見え方や熱量が違うと思いますし、これってリテラシーの問題だと思います。 その辺はこの本の最後はまさに白眉の展開で、木村側に立ち、擁護し、検証し、インタビューし、様々な角度から考えに考え、18年に渡って取材してきた著者増田さんの、木村政彦の尊厳を取り戻そうとして始めたこのノンフィクションの最後に、それでもなある地点に到達するのが、個人的には最も素晴らしいと感じました。言い方として変なんですが、この本を書く動機としては、かなりのルサンチマンから生じたはずなのに、そのルサンチマンを乗り越えるところが、素晴らしいと思います。そのきっかけを作った太田章氏とのインタビューの記述が、そのクライマックスだと思いました。 私は木村政彦の存在も知らなかったですし、力道山という人物も、空手家大山倍達という人物も名前は聞いたことがある、くらいの認識でしたが、それぞれの事情の一面として、著者が検証した範囲の真実として、昭和の時代の流れとして理解出来ました。 知られなていなかった人物の生涯を追う物語として、とても面白かったです。まさに鬼と呼ばれるのも理解出来る人物です。また師弟という物語でも、とても面白いと思います、ある意味3代に渡って続く、武道を追及する男の話しです。 と、大変面白く読んだのですが、冷静になると気になる部分もあって、確かに、木村、力道山戦の視聴率は100%だったでしょうけれど、それは全国民の興味が集中したとは言えないとも思ったりしますし(少々大袈裟に、風呂敷を広げ過ぎているような・・・)、タイトルのセンセーショナル過ぎる部分にプロレス的なアングルを感じたりもします。私は木村政彦が、興行という意味で(観客なんか入れないで関係者だけで果し合いをする選択肢だってあると思うのです)力道山との闘いのマットに上がった以上、どんな結果であっても受け入れるべきなんだろうと思います。そして、力道山への怨嗟を乗り越えた後半生を、凄いと思います。多分簡単には認められなかったでしょうし、それこそずっと重い心の蟠りだったと思います。それでも、生活していった木村政彦の方が、強さだけを求め、師匠には異を唱えない、鬼の木村政彦より、ずっと強さを感じます。 本当は、木村政彦の事を、噂でなく自分から知ろうとすれば、プロレスで力道山に負けたことなどたいした事ではないと思います。事実木村政彦の周囲にいた親しい人々は、その素晴らしさを知っていたわけです。だいたい世間的な評価なんて、本当の鬼の柔道家『木村の前に木村無し、木村の後に木村無し』とまで言われている事実を知っている親しかった人たちからすれば気にする必要は無かったのかも知れないとも思います。 どんな分野だって、有名だから凄いわけじゃない。本当に凄い事に気が付くためにはその世界そのものを理解するだけの自分の『好きさ』が必要で、だからこそ知りたくなるし、関連する物事を知ろうと能動的になると思います。受動的に見ての判断ではあくまで表層的なものでしかないと思いますね。 その上で、著者の増田さんがここまでルサンチマンをため込んだのには、それだけの理由、あくまでプロレス側の、勝者の側の理屈でしか判断評価されなかった事への不満があったのだと思うのです、それも世間的な・・・。本書を書いてくれた動機にはイマヒトツ乗れなかったけど、書いてくれたことで木村政彦を知る事が出来て良かったです。熱量も高いけど、それだけではなく、物書きとしてのクールさを同時の持てる増田さんの文章を読むのはとてもエキサイティングな体験でした。 読み終わってから、動画でいろいろ見ましたが、力道山戦の木村政彦の倒れ方、そして足先で頭部を蹴る行為は、ちょっとリラルで恐ろしいです。この試合の結果、プロレスはフェイクじゃなく真剣勝負なんだ、という勢力を後押ししてしまったのだとしたら、増田さんのように柔道を愛する人からするとルサンチマンをため込むこ事になるだろうと理解出来ます。映像を見なければ分からなかったです、かなり衝撃的ですね・・・ 個人的に印象残った人物は阿部謙四郎という方です。非常に愚直で組織の中では生き残れなかったであろう融通の利かなさと共に、ある種の爽快感さえある人物だと思います。かなりキツイ道を歩まれると共に、木村と再会するシーンはとても印象に残りました。 あと、表紙に使われている写真、とても素敵な顔してます。かなり優しい顔に見えますが、筋肉は凄いですね。そのギャップが印象的でした。本も凄かったけど、人物木村政彦が凄くて、さらに評伝を書く増田さんの文章がエキサイティングなんだから面白いわけです。 格闘技に興味のある方に、プロレスに興味のある方に、オススメ致します。

約1年前

外套・鼻

ニコライ今度読もうと思っている作品(実は誕生まで読んでしまったのですが)の主人公の名前に関連しているので、先に読んでみました。とても有名なロシアの作家ですが、またまた私は読むのは初めてです。 ロシアの下級役人であり、とても面白い名前のバシマチキン・アカーキイ・アカーキエヴィッチ(バシマチキンは短靴の意、アカーキイは父の名前、それを重ねるのが少しユニークなことらしい。私の解釈では日本人で例えるならきっと『鈴木 鈴木夫さん』くらいの感じか?)は下級かもしれませんが、誠実に勤める役人です。内気な面もあって職場でも浮いた存在ですが、仕事に誇りを持つ職人かたぎとも言える人物です。そのアカーキエヴィッチが遭遇する不条理な話しです。 とても不思議なトーンで語られるこの民話のような話しは非常に不条理で、途中までカフカを思わせるような(それでいて私はカフカにはあるズレる笑いは無い感じ)話しが、最後の最後で急にフッとチカラを抜かされる、良い意味での脱力感があって良かったです。もちろん最期の展開にはいろいろ読み手側の好みが分かれるかも知れません、私にはもうひとつでしたが、民話的語り継がれるべき話しとしてはありだと思います。 もちろん古典的作品ですから当たり前なのかもしれませんが、もう少し何かが心を打つかとも思ったのですが、私には少ししっくりこなかったです。期待し過ぎた部分もあるかとは思いますが。 「鼻」も、いわゆる不条理な話しなのですが、こちらにはそこはかとなくファニーな感じがあって良いのですが、もう少し『何か』が欲しくなりました。その『何か』ワカラナイし言葉に出来ないのがもどかしいのですが。 しかしこれで、ようやく安心してもう一つの続きを読めます。 民話的話し、またはカフカの作品に興味のある方にオススメ致します。 2009年 4月

約1年前

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猫は魔術師

日本に存在する唯一の、猫文学紙『ねこ新聞』に掲載された様々な作家、漫画家、イラストレーター、ミュージシャン、などなどの著名人のエッセイ集です。 私も猫は好きな方だと思いますが、中には完全に生活の中心が猫になってしまっている方もいらっしゃいますし、ほぼ取り付かれてしまっていらっしゃる方もいますが、文章にする、という少し客観的に見つめなおす行為を通してみてもなお、強い感情を残している方も多くて、そこが恐い部分もありますが、好きでもあります。 中でも私が気になった文章や内容は、もう完全に感染してしまっている!というレベルを惜しげもなくリアルに文体でも表してくれている漫画家で声楽家の池田理代子さんの作品、猫の政治活動についての知られざる面を教えてくれる赤瀬川原平さんの作品、ゴブという猫の最期を看取る話しを夫婦(藤田 宜永、小池 真理子両氏)それぞれが書かれている作品、好物として猫を捕らえている寒川 猫持さんの作品など、かなり面白かったです。 猫好きな方にオススメの本です。 2009年 3月

約1年前

国家の品格

いつもとても示唆に富んだ友人がオススメしてくれたので、読んでみました。私の勝手な先入観として非常に躊躇する帯の巻かれた本だったので敬遠していたのですが、読んで良かったです。ちなみに帯には「すべての日本人に誇りと自信を与える画期的日本論」と書いてあります。私が嫌悪したのは「すべての日本人に誇り」というところです、日本人だからというだけで誇りを持つことに違和感を覚えたのですが(つまり斉藤美奈子さん命名のオヤジ慰撫史観に近いものではないか?という先入観です)、少なくとも読んでないで批判するのは良くないですし。また、当然ですが深く納得できるところもたくさんありましたが、ちょっと?という部分もありました。 著者の主張をかなり強引ですが、まとめると 1 「論理」だけではどうにもならないものがある事を考慮に入れよ! 2 「自由」、「平等」、「民主主義」は完全なものではない! 3 「情緒」や「形」を重んじる日本は特別に素晴らしい! 4 だからこそ「論理」だけではなく、日本古来の「武士道」の世界的普及を目指せ! という主張だと私は感じました。またその結果日本という国家の「品格」を取り戻すことができるのではないか?という結論に至っています。 まず1の点ですが、私の個人的感想ですが、確かに「論理」だけではどうにもならない話しは多いですし、また極めて重要な部分であると思います。だから同意するのですが、例えとして藤原さんが出す例があまり納得できませんでした。藤原さんは「論理」には限界があることや、論拠となる出発点は常に仮説であることをその理由に挙げるのですが、私はだからこそ、もっと「論理」を徹底しなければいけないのではないか?と思うのです。近代合理精神の限界という言葉は大変に綺麗に気持ちよく聞こえますが、合理精神の限界には程遠い説得の仕方であると思います。論拠である出発点に対して他者が疑念を持ち検証する「論理」は絶対に必要ですし、自身の論拠の出発点を懐疑性を持つことが正しい結論を招く確立を上げるのに必要不可欠であるのは見過ごせない点です。どうしてか、藤原さんは「論理」の重要性を認めつつも「論理」以外の重要性に重きを置きすぎて「論理」を棄ててもよい、という文脈に聞こえてしまいます。その点が少し残念に感じました。 次の2もそうなのですが、「自由」や「平等」や「民主主義」を疑うことも私は同意できますし、納得します。自由や平等は常にぶつかり合うものですから、当然です。しかし、だから自由や平等が必要ない、というものではないと私は考えるのですが(もちろん藤原さんも要らないとは文章上書かれていらっしゃいませんが)、文脈的には要らないという主旨に読めるところが、気になります。また独裁者を生むのも民主主義であるから、また未来永劫国民が成熟する事は無いから、だからエリートが必要なのだとのも少し乱暴な極論なのではないか?と思います。もちろん民主主義は欠陥の多い制度ですが、それでもそれ以外の制度よりはマシだからこそ民主主義を採用しているわけですし、エリートだって必要です。ただ、永遠に国民が成熟することは無いからこそ、もっと「論理」的試行錯誤が必要なのであり、議論を通して主権者である国民が国家をコントロールし、監視することが必要なのではないか?と思います。 3と4も同じで、当然主旨は賛成なのですが、どうもそのことを必要以上に強く主張し過ぎているので、日本人に根拠のない誇りを与え、「論理」的思考をないがしろに(「論理」が重要なことを認めつつも文脈として「論理」を棄てても良いように受け取られた結果)した挙句に、日本以外を見下すように感じ取らせるのです。文脈の端々に「私が愛する日本が世界を征服していたら」とか「(産業革命がヨーロッパに起こってしまったせいで近代合理精神がはびこり)私のような愛国者にとって、我慢のならない状況が続いてきた」とか言う発言を繰り返している藤原さんが自分のことを愛国者と呼ぶことに非常に違和感を感じます。とくにナショナリストとパトリオティストを使い分け、自身をパトリオティズムであると発言しているのには都合の良い解釈だと私は感じます。欧米に負けたことに対するルサンチマンから発しているように見られますし、敗戦の結果を踏まえての考えというより、負けた事実を受け入れられない度量の狭い意見に感じられる言い回しが多すぎるように感じました。 小さなトピックとして同意できる部分は大変多く(卑怯という概念を憎むこと、小学生には英語ではなく日本語を、ナショナリズムではなくパトリオティズムを)、また結果についても同意できるのですが、その論拠が弱く、しかも都合よく、そして文字に書かなくても文脈的に極論をたきつけることで成熟しない国民を煽る危険性を考慮しない部分に不満はありますが、主旨には賛同します。ただ、この本を強く周りの人々に薦める方に(強く、にポイントです)論理的思考を嫌悪し、いわゆるマッチョな思考を持つ保守的な方々がスッキリするだけのような気がします。そんな方にこそ、もっと「論理」的に考えてもらいたいのに。なんとなくですが、近所のちょっと人は良いけれどお酒が入ると同じ説教を繰り返すオジサンの戯言に聞こえてしまうのではないか?と思うのです。 著者も明記しておりますが「品格」の無い著者による「国家」への「品格」を求める本です、柔軟な考え方を求める人にはオススメ致します。 2009年 3月

約1年前

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孔子

あまりに「鎖国」がスゴイ本でしたので、和辻さんのそれ以外の本を読んでみたくなり、たまたま中でも薄かったこの「孔子」を選びました。が、今の私にはちょっと難しい本でした。「孔子」と「論語」にある程度の知識が必要な本(私は孔子についてはほぼ何も知らなかったですし、論語に至っては「~三十にして立ち、四十にして惑わず、五十にして天命を知る~」という有名なもの一つしか知らないレベルでした)ですが、さわりだけなら理解できました。今後いつか「論語」を読んでみようと思わせる内容でした。 「鎖国」の時もそうでしたが、非常に俯瞰させる始まり方です。まず世界の四聖として、釈迦、孔子、ソクラテス、イエスという4人がいることから話しが始まります。その4人が何故四聖と呼ばれるに至ったのか?それは正当な評価なのか?その4人を人類の教師として認めるに値する真価を分かり易く述べてくれます。そして、中でもいかに孔子が変わった存在であるのか?を解き明かしてくれる書物です。 が、論語そのものを扱っているものの、知識の少ない私にはたいへん難しく特にこの本の最重要と思われる原典批判についての考察には歯が立ちませんでした。ただ、和辻さんの「論語」に対しての(というか、研究対象としての対象物であるならどんなものであったとしても)原典批判(私は中立的思考に立とうとするとどんな物事であったとしても批判的見解をくぐり抜けなければいけない、またはある程度疑いが残った上での判断と考えなければならない、という事だと理解しました)の精神は理解できたと思います。ただ、だからこそ、こんなに新しい「論語」の風景が表れた、という実感は得られなかった(「論語」に対する知識が足りなかったので、先入観さえも持てないくらいの知識のなさのため)です。 しかし、「論語」に興味のある方には是非オススメ致しますし、人類の教師たる4人についての興味をあらたに持たせるチカラもありました。批判性あるところに中立的考えが存在することを実感できる本、とても面白かったです。 2009年 2月

約1年前

鎖国 下―日本の悲劇

私の仕事の取引の相手で、ひょんなことから『尚歯会』について話しが及んだことがきっかけで本について、あるいは幕末について、もしくは歴史について、さらに思想について、お話しを伺う方がいます。その方の本を読まれる幅の広さ、深さ、そしてそれを自分の知識として培うところまでいかれている方です。職業を伺ってびっくりの方でした。そんな方にオススメいただいた本で、まったくの初めて読む方なのですが、これまた物凄い方でした。この著者の知識の広さ、深さ、そして物事を冷静に俯瞰するチカラは尊敬できます。スゴイ本を読んでしまった、というのが最初の感想です。 例えとして良くないのですが、いわゆるマッチョな、態度で示せ、とか男気、断固たる決意、とかの短絡思考よりも、私は冷徹な(だからこその男気だと思うのですが...)思考と論理の積み重ねの結果の決断や、その後の紆余曲折を経た上での自身の決断を変える決意を持てる覚悟とかに、よりシンパシーを覚えます。ただ、短絡なマッチョの人を惹きつける魅力も、誇りとかプライドという単語が持つ強さが魅力的に見え、さらに必要な場面もたくさんある事も分かりますが。 日本が太平洋戦争(という呼称を私は使ってよいと今の私は考えます、いろいろあると思いますが)に敗北したのはある欠点、それは「科学的精神の欠如」があったからだ、そしてそれは「鎖国」というものが生み出したのではないか?との考察に至った著者の論文のような本です。序文にそう書いてありましたし、実際鎖国をしたことによっての影響を考察するのかと思った最初の章を読み始めてびっくりしました。それは鎖国が始まるずっと、ずっと前の事から理解していく思考の積み重ねで、それはとてつもなく広く、深く(距離的にも、そして時間的にも)読め手に見せてくれます。歴史という過去のことは比較的俯瞰しやすいことだとしても、現存する資料をあたりながらのここまでの俯瞰をした歴史的考察は(もちろん私のごく浅い読書暦では、ということですが)初めてでしたので、驚愕でした。 「鎖国」当時の世界的状況を理解するために、(それが理解できないと何故鎖国をするに至ったのか?を理解できないだけでなく公平ではないと考えているようです)ヨーロッパの歴史からはじまります。そしてポルトガルとスペインによる大航海時代が始まったことでの『世界的視圏』の成立(地球は丸くて、そして未開の地に対してキリスト教の布教という立場をとって異教徒への接触の仕方、中でも『十字軍的思考』の重要性)にどのような事実とその当時の権力者と実践者である冒険家の「科学的精神」の発露が見られたのか?を積み重ねて見せてくれます。その広さと深さが圧倒的でした。私は世界史を全く勉強した事がなかったので知らないことばかりでしたが、とても楽しく読めるとても読みやすい文章です。この『十字軍的思考』と『未知なる土地への冒険心』と『権力者による理解と公共性』とが重なり合ったことで大航海時代が生まれ、そして『世界的視圏』が成立できる土壌が出来上がるのです。東周りに進んでいったものと(代表的なのはバスコ・ダ・ガマ)、西周りに進んでいったもの(コロンブス)が東洋で出会うことによって(いわゆるマゼランの世界1周)成立した『世界的視圏』を私も理解する事が出来たと思います。 ここまでが前半なのですが、ほとんど世界史の知識を持たない私には、途中の分からない人、物、出来事、など調べながらの読書だったのでとても時間がかかりましたが、面白く読めました。こんな風に歴史を学べたら、とても楽しいと思います。ただ、私が知らなさ過ぎる為に時間がかかったので、普通に知識がある方なら、とても上手く要約されていると感じたかも知れません。 そしてキリスト教の日本における布教にともなって観察者(信頼に値すると考えられるため)の文献をあたりながら、日本が国を閉ざしていった過程を細かく見ることが出来ました。日本にももっと早く『世界的視圏』を受け入れる機会がちゃんとあったこと、それを自ら固辞した事、それが権力者の保守的な面から起こっていることを、ひとつひとつ検証していきます。和辻さんはその最初の歴史的事実として「刀狩り」を指摘しているのですが、この辺りは是非読んでいただくと面白いと思います。ある意味世界史と日本史の15~16世紀の授業を面白く受けた感じです。こういうものが世界史や日本史であるなら、本当にもっと勉強したくなります。 結論にはきっと様々な異論もあったと思いますし、私も100パーセントの同意をするものではないのですが、ここまで物事を細かく積み重ね、その上での結論に少々の強引さや割り切りはあって良いと思います。そして事実を含んでいると私には思われたのですし、こういう俯瞰をさせてくれる本が読めてとても楽しかったです。 みんなが知ってるフランシスコ・ザビエル(本書ではジャビエルと表記されていました)よりも、私には同時に日本の土を踏み、そして日本で生涯を終えたコスメ・デ・トーレス(本書ではトルレス表記)という人物にとても興味が湧きました。また有名な武将なのでしょうけれど私が知らなかった高山右近と小西行長、また和田惟政という人物も、そして当然ルイス・フロイスも興味あります。 世界の中の日本に興味のある方、そして保守的なものの閉鎖性を権力者が行使することで生まれる弊害に興味のある方にオススメ致します。 この本をご紹介していただいた方の職業は「裁判官」でした。お話ししたりするようになってからは随分経って知ったので、本当にびっくりでした。 2009年 2月

約1年前

地球幼年期の終わり

以前から気になるタイトルで、しかも時々オススメになる方がいたのですが、なかなか手が伸びなかった作品です。それが図書館で出会ってしまったので、借りてみました。結構面白かったです、単純なSFでもなく、アイロニカルで、今でも充分通用するプロットなのではないか?と。 東西冷戦のさなか、その威信をかけて戦争ではなく宇宙開発へと向けられていた頃、突然人間を軽く凌駕する科学の持ち主である<上主>と呼ばれる地球外生物が現れ人類を導き、コントロールしようとする...しかし絶対に人類の前に姿を現さない<上主>、それでも戦争や飢餓の消滅、テクノロジーの発達からの恩恵を全ての人類が受けられる理想郷のような世界が成り立つ世界で、<上主>たちは何を目的にしているのか? SFの巨匠が描く近未来の世界を通して考えさせられるつくりになっていて、とても引き込まれました。人間のさがが描かれつつも個と集団という大きな枠組みに対する考えなど、面白かったです。最後の展開についても、納得できました。その当時はきっと反響が大きかったと思います。いわゆるSFなのですが、それだけではない問いかけもあって好きです。 種族としての価値や役目について考えさせられる、そこまで想像させる話しです、今ならエコロジー的な話しにも繋げられそうですし、世代を越えて想像させることの意義も考えさせられます。 SFが好きな方に、社会の仕組みを考える方に、オススメ致します。 2009年 1月

約1年前

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ばかもの

なかなか絲山作品を読む気持ちになれなかったのですが、読み始めたらあっという間に引き込まれました。さすが絲山作品です。一気に読める量で、しかも読みでがあります、コストパフォーマンスの良い、切り取ることが上手い作家さんだと思います。 田舎の大学生ヒデがアルバイト先で知り合った年上の女性額子との生活から物語は始まります。冒頭にはアレなシーンが多くていつもの絲山作品なのですが、ヒデが溺れてゆく過程が非常にリアルで良かったです。何かに縋ったり、溺れたりするのはどうしようもない部分もありますが、どうしようもなくない部分の描写と、それい至る自身への冷静な判断とだからこそのキツさ部分が良く表れていて良かったです。 相変わらず、閉じた何人かの関係性を描く作家さんの中では私の好みで、今回もヒデと額子、ヒデと同級生、ヒデと額子の母などの関係の距離感やつたないけれど、その形をとらざる得ない部分がリアルでよかったです。とくにヒデが溺れてゆく部分から非常に世界に引き込まれました。 毎回思うのは、いつも絲山作品のオトコには共感できる部分がほとんどでリアルに感じられるのですが、オンナの場合はその作品での重要度が増すほど、「想像すらできない」よりは近くて「リアル」からは少し遠い部分があってその辺が読ませます。今回の額子もそうですが、ミステリアスというよりはちょっとベクトルが違うけれども、その少し先にあるオトコからすると『リアルで無い何か』があってそれが何なのか知りたくなってつい新作が出ると読んでしまいます。 少し変わった、溺れる話しに興味がある方にオススメ致します。 2008年 12月

約1年前

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闇の穴

気になる批評家石川 忠司さんの本に出てきた気になる作家さんの中で未読の方だったので、たくさんある中の図書館にあった3冊のうち1番タイトルの良かった文庫を借りて読みました。7編の短編集です。 江戸時代の東北辺りを中心とした様々な人々の生活の中の大きな出来事を切り取った短編集です。中でも私が読んで気に入ったのは「木綿触れ」です。城に勤める下級武士の、子供を幼くして亡くしてしまったことからふさぎ込んでいる妻への思いやりを描いた作品はかなり濃密で短編でなくとも良さそうな話しを短編にした事でのスピード感を文章でも損なわないテクニックも上手いですし、面白かったです。陳腐な表現になってしまいますが、男の、あるいは女の、その時代の息遣いまで表されていて、しかも自然でよかったです。時代設定が違うことに自然に入り込めることはとても技術のいることだと思いますし、なかなか自然な流れとして情景が浮かびにくかったりしますし、妙に人間関係が濃すぎて興醒めだったりしやすくなりますが、その辺も細やかに気遣われていて良かったです。 表題作「闇の穴」よりも、私は「木綿触れ」や武士のしきたりというか不条理に耐える「小川の辺」の臨場感や不安感を押します。毛色の違う民話のような作品の「荒れ野」や、語り手の怪談「夜が軋む」も良かったです。ただ割合アレ方面の話しが直接的で、その辺がどうも鼻につく感じもありました。 良かったですが、何作も追いかけたくなる程ではなかった、老後の楽しみにとって置いきたくなるような感じです。多分歳をとるともっと素直に、ストレートなモノを好むようになるのでは?と思うので。 時代劇が好きな方に、腑に落ちるのがスッキリする方に、年齢を重ねた方にオススメ致します。 2008年 12月

約1年前