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Yukiji Yokoyama

プロ野球、介護、演劇、音楽、台湾について…

プロ野球、介護、演劇、音楽、台湾について書くライター・編集者です。年3回台南に滞在します。生まれて初めて読んだ伝記は、母からゴリ押しされた「王貞治物語」でした。

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コメントした本

まく子

西さんは、人物描写にこれでもかと形容を加えるのに、ちっとも文章が重たくなくて、むしろ軽やかな印象を与えるから、本当に不思議な作家さんだ。 ひなびた温泉街の中級旅館の息子、慧(小5?)の従業員宿舎に、圧倒的に皆をひきつける転校生コズエが母とともに住み込みでやってくる。 慧は、第二次性徴の精通も始まり、大人の階段を駆け上がっている最中だ。だからからか、クラスの同級生がちょっと子供っぽく見える。 「アイツが嫌い、だって嘘つきなんだもん」とか、一面的に人を判断していた慧は、「私は宇宙人」だと告白する魅惑的なコズエを半年ほどじっくり観察し、コズエをもっと知りたいと思うにつれ、人を考えなしに瞬間的に判断することの危うさを知る。 この本は、慧の思春期のモヤモヤした心模様を描いているが、 それと同じぐらいの比率で、 とっても異質で、でも魅せられてしまうコズエの徹底した観察描写で占められている。 だから、これだけ過度な人物描写でも重たく感じないのだろう。 慧とコズエ以外にも、温泉街に住むさまざまな人物の西さんの表現が面白い。どんなにダメなところのある人も、みんな愛おしく感じる。 西さんの本の中でも、作家の柔らかな眼差しを感じることのできる作品だ。

10か月前

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わたしが子どもをもたない理由

この本の著者インタビューが面白く、 インタビューきっかけで読んだ。 下重さんは 自分の思いをつれづれに綴るところについては すらすら読める。 でも「だから……●●なのだ」と、 いわゆるロジックできちんと論じるところ、 もっというと、 子どもをあまり考えずに作った他所のご夫婦に対しての論じ方が 結構乱暴なのだ。 歴史やさまざまな要素をネタに きちんと論じているように一見見えるが、 論の進め方が極めて感情的で納得のいかないところが多い。 (論じることが苦手なのかもしれないと思った) こういうタイトルなので、 極論めいたことを書かないといけないのかもしれないし、 みんなが言えなかったことを言い切ることを目的にしているのだろうが、 読んでいて心がざわざわしたのは、 「あまり気が進まなかったが、子どもを作ってしまった人」に対する眼差しの冷たさだ。 人に対する眼差しの温かさが感じられないところに モヤモヤしてしまった。 これは本書のハイライトなので、あまり書きたくはないが、 著者最大の告白として、 実は結婚して夫との間に子どもができたが、 私は堕ろしているという告白がある。 その箇所を見たときに、 それまで「子どもを考えなしに作るとは何事!」 というように書かれているのに、 下重さんだって、(考えなしに)子ども作ってるじゃん!! と、読んでいる本をハリセンで10回ぐらい叩いて ツッコミを入れたくなった……。 まあ、「それでも私は堕ろました」というのが、 著者の言いたいところなのだが。 同じ境遇でよくよく考えて産むことに踏み切った人への思いやりにも ちょっとは目を向けてもらいたかったなと 子なし独身の女が思うのでした。

12か月前

勝負強さ

井端選手が中日時代、2013年の第3回WBCが終わった直後に発売された本だ。とてもタイムリーな時期に出した本のに、急いで出版しました感がなく、丁寧に書かれているのが素晴らしい。 本は5つの章にわかれている。集中する力、逆境を乗り越える力、技術を極める力、継続する力、信念を貫く力。そのほか、アライバ(井端&荒木)の対談が収められている。 冒頭がWBCについて。そこから子供の頃の話に入っていくので、1章からスーッと読める。 あと文章が全編とてもノッているので、読みやすい。井端選手の言葉を文章化したライターさんが、おそらく中日ファンで井端ファンなのではないかと思う。 井端選手の哲学ともいうべきものが、全編にわたって描かれている。 例えば…… P104 野球は確率のスポーツ。だから僕は「空振りをしない」バッティングの原理原則に行き着き、それをバッティングのポリシーにしている。 P114 プロに入った時、自分が一軍でプレーする力がないことを知っていた。そこだけは勘違いしていなかった。身の丈だけは知っていた。自分の身の丈をプロで通用するレベルに上げるには、まずは守備力、そして3割は打てなくとも、繋ぎという意味でチーム貢献ができて、ベンチから信頼の置かれる技術だけは最低限、会得することに全力を投じた。 などなど。野球が大好きな人なら、ハッとさせられる記述が満載だ。 そのほか井端選手の代名詞でもある右打ち、ファウル打ちに関しての記述もうなる。 数ある井端本の中でも、一番面白い部類に入る。

1年前

世界の果てのこどもたち

半年前に、大学が中国専攻だったのなら、友人に楽しく読めるよと言われ、さらに本屋大賞ノミネートもあって図書館で予約した、中脇初枝さんの「世界の果てのこどもたち」。 呉美保監督により映画化された「きみはいい子」と同様、“みんな愛されるために生まれて来たんだ”という、作者の中脇さんの思いがまず根底にある作品だ。 満洲の吉林省の開拓団で出会った3人の女の子の、幼少期から晩年までをそれぞれ3つの視点から、入れ子形式で描く。3人の女の子は、高知県出身の貧農の子と横浜の金持ちの子と、故郷・朝鮮で暮らせなくなった日本語の上手い朝鮮人の子だ。 私から見て、上手いなあ、感情移入できるなあと思ったのは、どの子を描いても、子供と同じ目線でカメラが伴走しているような描き方をしているところ。台湾のエドワード・ヤン監督の映画『冬冬の夏休み』の視点に近いかもしれない。また、話が入れ子形式で進んでいくが、ある1人の女の子の物語だけが加速することなく、3人とも同じスピード、同じ時代性を持って描かれている。おそらく、ここにも相当注力を払って描いたのだろう。 一方で、私が学生時代に中国専攻だったせいか、作者がこの作品を書くにあたって「歴史をこの期に勉強しました感」が出ているのが、読んでいて少し邪魔だった。何故そう感じたかというと、戦前の満州開拓団のくだりは自然な描写なのに、文化大革命などの後年の描写が少しぎこちないところだ。体重が乗り切らずに書いている印象があった。また、これが浅田次郎だったら、勉強しました感は出ないだろうになあ、なんて漠然と思ったりも。 さらに、終盤、ある1人の女の子のモノローグで、作者の歴史観を多分に語らせているところがある。おそらく我慢できなかったのだろうし、どうしても言いたかったのだろう。ただ、この作品がもし漫画だったら、その女の子の1コマはすごくモノローグ過多で、極めてバランスが悪く映るんだろうなと思いながら読んだ。 あ、あと!基本的に人間は善人ですという視点に立っているからなのかわからないが、善人のキャラクター描写が細かいのに、悪人のキャラクターの顔や容姿が、読んだ今でも思い出せない。細かく書き込まれていない。そういう意味では、すごく昔の仮面ライダー的な(悪者の顔がよくわからない意味で)描かれ方なのかなと思った。 いろいろバランスの悪さは感じられたものの、 最後に、最近観た映画に例えておくと……。 『湯を沸かすほどの熱い愛』みたいな 善人キャラクターのすごいパワーと熱で押し切る! そんな作品ですね。 あと作者の、3人のキャラクターへの 深い思いや愛情が溢れてます。 追記!! あっ、書き忘れた! この小説、話題の教育勅語のくだりがど頭から、やたら出てきます。いやータイムリーだねーなんて思いながら読みました。意味はわからないまま暗唱させられるが、やがて2年生、3年生になるとその意味がわかる、とか、戦前の朝鮮では満州の国民学校よりも厳しく教育勅語の暗唱の類いをやらされた、とか。この辺りも相当詳しく書いてます。しっかり取材した感じが見て取れました。

1年前

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停電の夜に

ピュリツァー賞をはじめ、多数の文学賞を総なめしたインド系アメリカ人女流作家が描く短編集。 登場人物は、インド系アメリカ人や白人、バングラデシュ人、ベンガル語を話すインド人など人種は様々だ。 短編の中で物語が2/3を過ぎると、視点が軽やかに変わり、ラストに読者をいい意味で裏切るオチが待っている。まるで手持ちのiPhoneや小型カメラで自由に映像を切り替えているかのように、鮮やかに舞台が変わるのが面白い。 作者は子供の頃から、観察に観察を重ねていたのだろう。例えば、表題作の「停電の夜に」。30歳過ぎて、校正者の嫁に食わせてもらっている夫は、嫁に罪悪感を感じているのだが、罪悪感に相当する言葉はなく、徹底した観察と夫の様子から彼の罪悪感や心のありようが浮かび上がってくる。 緻密な描写と時間の流れが一定しているのが素晴らしい。読者が安心してストレスなく読める。ストーリーテラーとしての物語の推進力も持ち合わせている。 個人的には、インド系アメリカ人男性から、夫婦、息子を含めた家族、そしてこれから海を渡り他国で活躍するであろう未来の若手インド人へと視点の広がりが素晴らしい「三度目で最後の大陸」が好きだ。 短編の中で唯一、インド近辺の政治について書いたのが、「ピルザダさんが食事に来たころ」。 東パキスタンからバングラデシュが独立する際、故国(バングラデシュ側)に大家族を残したまま、アメリカで研究者を続けるピルザダさんを家に招くインド系アメリカ人一家を娘の視点から描いている。ラストの娘の行動が切ない。 一番笑ったのが、「セクシー」。ジュンパ・ラヒリの良いのは、人の眼差しの優しさと人のおかしみを掬うのが上手いところだ。 インド系アメリカ人女性が、デパートの化粧品売り場で身なりのよい男性にナンパされ、映画のようなうっとりするデートを重ねてセックスをするようになるのだが、男性の嫁が海外から自宅に帰ってくると、あれほど身なりの良かった男が、毎週土曜、嫁にジョギングに行ってくると言っては、短パンのジョギング姿で、まるでコンビニのようにササっと彼女の家でセックスして戻っていくようになる。この男の落差に失望した女性の心のありようが、この後、意外な展開を生む。 コンビニ感溢れるお手軽セックスの様子にげんなりする女の描写に、もう失礼ながら、電車の中で笑ってしまった。 人のおかしさ、哀しさ、嬉しさ、恥ずかしさの描写の塩梅がいい。喜怒哀楽のどの描写が強くて、どれかが弱いということがない。やはり引きの視点からの観察眼に優れた作家だと思う。

10か月前

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台湾少女、洋裁に出会う――母とミシンの60年

NHK朝ドラ「カーネーション」が好きだった人は、楽しめると思います。台湾版「カーネーション」ですね。 あと、台南という街の路地の移り変わりを余すところなく伝えているので、 それはそれですごいなーと思う反面(下手な戦前の在台の日本人が描く台湾小説よりよっぽどよく書けている!)、 個人的に台南という街に行きまくっているので、 路地の詳細な説明をたやすく理解できるけども、 例えば台南に行ったことのない人が、 その箇所を見て、どこまで想像できるのだろうか……。 そんなところが、気になりました。 ただ装丁が素晴らしく、文字のインクまでセピア色にしていて、 デザイナーさんのセンスの良さを感じました。

約1年前

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夫のちんぽが入らない

夫となる人とセックスをするも、あまりに相手のモノが大きく、ちんぽが自分の中に入らない。その様子を岩盤の硬いトンネル工事に喩え、ピストン運動が硬い壁に阻まれて貫通できない時の、自身の身体への衝撃を「でん、ででん」などと軽妙に表する。このくだりを電車の中で読んだ時、声を押し殺し、肩を震わせて笑ってしまった。 まるでネタのような出だしだが、この作品はこだまさんの優しくもおかしみのある眼差しを通じて、夫婦や結婚のあり方だけではなく、家族、親子とはなんぞやという内容にまで踏み込んでいる。 ラストに「母は甘えて欲しかったのかもしれない」と書いたくだりがある。 上手くいかない人間関係には、心を委ねない問題がいつだって横たわっている。私はこれに近い言葉を母にも言われたことがあるし、別れた男性にも言われたことがある。そう、これはこだまさんだけの特別な話ではなく、誰でも身につまされる話なのだ。 この本に書かれている内容は、実はヘビーだ。辛い話が出てくるたびに、漫才で言うところの「なんでやねん」的に、「ちんぽの入らないわたし」という自虐の表現がちょうどいいタイミングで出てきて、読者の心を救ってくれる。あっ、タイミング的には「なんでやねん」だけど、読後感的には志村けんの「そうです、私が変なおじさんです」に近いか。ま、どっちでもいいや(笑)。 帯を見ると、発売後即重版、11万部、とある。 すごい!このご時世にすごい! でも、わかるわ……、そんな作品だった。 何故なら、こだまさんの人を見る眼差しが優しいから。人を上から目線で見る人なら、きっとこんなに売れなかっただろう。

1年前

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